心付けの構造

2017年07月01日 06:00

世の中、あらゆる物に価格があり、その価格には、通りの相場といったものがある。

定価がある場合もあり(とくに新聞)、正札値引きなしという場合もある(とりわけデパートまたはネットショッピング)。

そういった商品を、自分の財布と相談し、また自分の都合に合わせて購入する。これが普段の生活というもので、生活必需品となれば、相場があるということ、また定価があるということは、たしかに便利だ。文明のありがたさである。もっともこういったことも、商品がある程度潤沢にあればこそ成り立つのではあろう。

しかしこれが遊びの現場であったり、特別のサービスへの対価であった場合は、定価だけでは収まらないこともあるだろうし、ちょっとそれだけではつまらない。

個人個人によって要望もちがうし、したがってその応対も異なってくる。

そういう場合には、あらかじめお店と打ちとけておく。お店も上手にサービスしてくれるし、どちらも余計な負担が生じない。

そして願い通りの結果になったのなら、お世話してくれた方に感謝の気持ちを伝えるのはもちろんのこと、支払でも工夫する。心付けである。

これだけのことをしてくれたのだから、わたしはこのサービスにはこの値段を付けますよという、これはお客が主役の考え方でもある。

現代では、会計に、サービス料として心付けの分の「マチ」があらかじめ含まれていることが多い。だから心付けやチップにはおよばないという考えも正しいのだけれども、料理人が最後に一塩して吸物の味を調えるように、お客が席を立つ時に、心付けをして、今日の一席に、ちょっとだけ色を着けるというのも、決して悪いことではない。

ところで優れた店ほど、お客が店を育てる、とも言われる。しかし不向きな店であることを知っていながら、いきなり予約もなしにやってきて、無茶な要求をして、それをやらせて、俺が店に教えてやったんだというのはどうなんだろう。

こういうお客に、心のバリアを張らない店はないと思うのだが。

2017/07/01 若井 朝彦
心付けの構造

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