朝日のAED記事問題:誤報と隣り合わせの地方支局のメカニズム

2017年08月21日 11:30

AEDの記事を出稿した朝日新聞新潟総局(グーグルストリートビューより引用)

新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』(ワニブックス)の発売を28日に控えていることもあって、朝日新聞の報道に注目しているこの頃だが、きのう(20日)中村祐輔先生が取り上げた、朝日新聞のAEDに関する記事が波紋を広げている。中村先生は医師の視点からの厳しい批評であったが、私からは元新聞記者の立場から少しだけ補足しておきたい。

「AEDを使えば助かった?」某新聞社の無神経記事

中村先生が提起する「医療関係者でない人が、目の前で人が倒れた時に、落ち着いてAEDを使うことができないのは当たり前」という問題については、AEDの講習を義務付けることで多少クリアできるかもしれないが、「一般の人たちには、脳に問題があって倒れたのか、心臓に問題があって倒れたのか、判断できる材料などないに等しい」という“そもそも”のところでの指摘に対しては、たしかに朝日の記事は反ばくできる材料が見当たらない。

もちろん朝日の記事には複数の医師のコメントが載っており、記者も専門家への取材はそれなりにしている。しかし、それでも遠く異国の地にいる医学者から異論がこうも簡単に出てしまうのは、「AEDの啓蒙活動」というストーリーに決め込みすぎた可能性は排除できない。

朝日新聞におかれては、AEDの専門家から中村先生への再反論があるのか今後取材して続報を書いていただきたいと思うが、かつての同業者として、私が気になるのは、この記事を取材・執筆したのが地方支局である点だ。

電子版だけを見ると、どの部署が書いたのか分かりにくいが、この記事をみたとき、地方支局の若手記者が書いたものではないかとピンとくるものがあり、実際、調べてみると署名は新潟総局所属の2人の女性記者のようだった。朝日新聞デジタルを検索する限り、彼女たちの名前が記事に登場するのはここ1、2年ほどのことで、おそらく近年、朝日新聞に入社して間もない若手なのだろう。と同時に、もしかしたら、本社の科学医療部の記者が同じ問題を取材していれば違った書き方になった可能性もあるのではないかとも感じる。

地方支局に関する一般論になるので、朝日新聞新潟総局の個別のケースに当てはまるとは限らないことを前提に書くと、医療のように専門性が深く、複雑で、しかも人の生命に関わるセンシティブな分野に関しては、地方支局の取材体制、ましてや入社してまもない若手記者には明らかに「重荷」だ。

地方支局は、本社の社会部の出先機関みたいな存在で、原則、事件事故対応の「サツ回り(警察取材)」と「地方行政」「選挙」、そして「高校野球」という4つの取材マターをベースに体制が組み立てられており、若手記者の実地教育現場でもある。

高校野球以外に関しては、記者クラブを拠点に他社との発表報道の抜き合いに明け暮れる日々であり、そこで求められる人材は知的に専門性があるよりも、守秘義務の壁をかい潜って捜査情報などの特ダネを取れる「対人コミュニケーション能力」と夜討ち朝駆けに耐えられる「体力」があることのほうが適任なのが実情だ。

今回のテーマである医療にたとえれば、取材分野がある程度、細分化される本社の記者は、専門科に別れた「大学病院の勤務医」で、地方支局はさしずめ「町医者」としてオールラウンドに24時間、365日、目の前の問題に対処するのがやっとというのが実態だ。だから、地方支局がサツ回りなどの日常業務の延長で、専門的な領域に踏み込むほど、裏付けは慎重かつ時間が許す限り多角的な視点が求められる。

現場を取材する記者の経験が浅いとき、現場記者を指導監督する支局長や支局デスクの役割が当然重要になるが、「社会部崩れ」の記者が多かったりするので、医療に詳しくない状態がデフォルトだ。そして彼らも記者たちと同じ方向を向き、同じストーリーを描いてしまうと、取材の詰めが甘くなるリスクがある。

大手新聞といえど、経営が年々苦しくなり、地方支局は本社よりも予算や人員の整理対象になりやすい。読売新聞もすでに十数年以上前から首都圏など都市部以外の支局で出している地域版には、校閲専門の記者を置かなくなった。朝日新聞も支局の紙面チェックは似たり寄ったりの脆弱な体制で、おそらく新潟版も支局員が自分たちで書いた記事を、自分たちで校閲しているはずだ。

ただ、地方支局の脆弱な構造による危ういニュースというのは古くからある新聞社の体制と品質管理の問題であり、ネット時代になって可視化されただけに過ぎないともいえる。しかしネット時代になって地方版といえども執筆した若手記者たちは名指しで批判されるだろうし、業界への風当たりに耐えきれなくなって辞める人も少なくないが、今回の取材をした2人の女性記者は、この新聞衰退の時代に敢えて業界に飛び込んできたわけだから、一つの教訓として精進していただければと思う。

最後にやや個人的な告知もまじえて恐縮だが、9月から始めるオンラインサロン「ニュース裏読みラボ」でも、こういうメディア側の事情も組んだ報道分析をしていきたいと思う。朝日新聞を取り巻く問題は反権力・左翼的な社内の空気を読んだ記事を書く記者たちの「暴走」だけではなく、今回のように、ほかの新聞社にも共通するような構造的なことも抱えているのだ。

朝日新聞がなくなる日 - “反権力ごっこ"とフェイクニュース -
新田 哲史:宇佐美 典也
ワニブックス
2017-08-28

 

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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