「日報」問題の真相、今こそ冷静に教訓を --- 織田 邦男

2017年08月23日 06:30

南スーダン派遣部隊の日報問題が浮上する5か月前に現地を視察した稲田防衛相(16年10月当時、防衛省サイトより:編集部)。

世間では「日報問題」はもう忘れ去られたかのようだ。だが、「日報問題」は多くの本質的問題点が内在している。「空騒ぎ」が収まった今こそ、冷静に振り返って今後の資としなければならない。何が問題で、何を是正すべきなのか。

日報は「歴史的一次資料」:甘かった公文書管理への認識

先ず2011年施行の「公文書管理法」に関する認識の甘さは、陸自は責めを負わねばならない。この法律は「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」であり、「適切な保存及び利用等を図り」、「現在及び将来の国民に説明する責務が全う」することを目的とする。従って行政機関で作成され、「組織的に用いる」文書はすべからく公文書となる。盲点は、個人パソコンに保存される電子データも含まれることである。

筆者はイラク派遣航空部隊指揮官を2年8か月務め、日報を受ける立場にあった。日報の目的は二つある。一つは指揮官の指揮を適切にすることであり、もう一つは作戦の教訓をまとめることである。

指揮官は日報から現場状況を掌握し、次なる作戦構想を練る。当然、司令部組織を挙げての検討となるため、幕僚も日報データを共有する必要がある。

教訓の取りまとめも重要な作業である。全作戦終了後、直ちに教訓が取りまとめられ、次なる作戦の資とされる。日報は言わば「戦闘速報」であり、それらがまとめられて「戦闘詳報」となり、そしてやがては「戦史」となる。従って日報は貴重な歴史的一次資料と言える。このため研究本部など、教訓を取りまとめる担当部署にも日報データは当然保管される。

筆者が現役の時(~2009年)は、公文書管理法は施行されておらず、パソコン内の電子データは個人データとして扱っていた。だが、2011年以降、個人パソコン内の「組織共有制」がある電子データは公文書として位置付けられた。従って原本が破棄されても、個人パソコン内に電子データとして残っている限り、当該データも公文書となり情報公開請求の対象となる。

陸自システムの共有ホルダーにある日報は4万人の隊員が閲覧できる状態だったという(3月下旬に閲覧者を制限)。4万人もの隊員がダウンロードしたとすると、原本破棄後も、どこかに残っていることは容易に想像できる。

情報公開制度への理解不足も真摯に反省せねばなるまい。防衛省が開示請求を受理した後、即応集団(以下「CRF」)副司令官は、日報が該当文書から外れることが望ましいとして、日報が除かれた複数の該当文書を陸幕に送信した。理由として副司令官は「部隊情報保全」「開示請求の増加を懸念」を挙げている。これを受け、防衛省は日報を除いた複数の該当文書を部分開示することを決定している。

半月後、防衛省は再び日報に係る開示請求を受理したが、CRFは上記同様の対応をとるとして、既に「破棄され不存在」との結果を提出した。この時、個人パソコンまで調査せず、早々に「破棄され不存在」と結論を出したのは早計であった。後に電子データとして残っていることが判明し、虚偽の対応と厳しく糾弾された。

認識の甘さと対応の不手際は真摯に反省すればいい。ここで吟味すべき点は、日報を外そうとした理由の「部隊情報保全」「開示請求の増加を懸念」である。

日報の本質を踏まえた情報公開対応を

現在の情報公開法では、秘密文書であっても、それを理由に不開示とすることはできない。軍事作戦に係る文書に対して、それを適用する是非はさておくとして、その都度開示、不開示を判断し、秘密保全上問題があれば、不開示として黒く塗りつぶして(「のり弁」状態)、部分開示するのが原則である。「開示請求の増加を懸念」との理由については、今回実情を知らないメディアは無視したが、実情を知る者にとっては大いに同情するし、改善の余地があると考える。

日報は毎日、約70ページに及ぶ。1週間分でも約500ページにもなる。日報が開示請求されると、「不開示情報の妥当性」に照らし、どこを開示し、どこを不開示にするかという作業が開始される。この作業量は膨大なものであり、しかもその調整は陸幕情報公開室、陸幕担当課、CRF、そして内局と多岐にわたる。その労力たるや大変なものである。

他方、部隊にはその作業に当たる要員は数名しかいない。ただでさえ多忙なのに、情報公開の作業で忙殺されれば、本業が疎かになり本末転倒だと副司令官が危惧したとしても不思議ではない。本来ならば、作業量が増大すれば、CRF内に情報公開のための要員を増員してやるべきだ。だが、現下の予算状況ではそこまで配慮がなされることはまずない。

現行法制下では国民の情報公開請求を制限することはできない。安全保障への関心の高まりを受け、今回のような情報開示請求が雨後のタケノコのように為されたら、部隊は本来の活動より、そちらに忙殺されることになりかねない。まさに本末転倒である。

そもそも軍事作戦に係る報告文章を一般官庁と同様の行政文書に位置付けていいのだろうか。先ずはこの是非を政府部内で議論することが必要だろう。先述のように、日報はいわば「戦闘速報」である。「戦闘速報」を一般行政文書と位置づけ、逐一情報公開の対象にしている国は、おそらく日本だけだろう。

日報や戦闘速報は一次資料であり、歴史的にも重要な資料である。であるからこそ、欧米諸国では、逐一「のり弁」にして部分開示するのではなく、永久保存とした上で30~50年後に完全開示するようにしている。今回、対応策として日報の保存期間を10年にしたと聞くが、本質を糊塗した安易な幕引きではないだろうか。

世界のPKOの趨勢から取り残される日本

特別防衛監察結果には記述されていないが、もう一つの重要なポイントがある。事の発端は、日報にある「戦闘」の2文字である。

自衛隊の国連平和維持活動への参加については、紛争当事者間で停戦合意なされていることが大前提である。陸自が派遣されていた南スーダンについては、政府軍と反政府勢力の衝突が相次ぎ、停戦合意は崩れているのではとの指摘があった。稲田朋美防衛大臣は、派遣継続の正当性を主張するため、日報にある「戦闘」の文言は避け、「武力衝突」と言い換えて国会で答弁している。CRF副司令官は、こういった政治状況を忖度して、「戦闘」の文字がある日報を開示情報から外そうとしたのではないか。そこには、日本の国連平和維持活動(PKO)に関する重要な問題点が突き付けられている。

国連平和維持活動は「停戦監視、兵力の引き離し」といった伝統的な「第一世代の平和維持活動」から、現在は内戦型紛争に対する「第二世代の平和維持活動」に移行している。民族差別、宗教対立などによる虐殺、民族浄化が多発し、住民保護のための武器使用を含めた積極的関与が基本的方向性である。更には中立性は不要という国連の方針が定着しつつあり、力の行使のための交戦規定(ROE)の明確化や国連部隊の自衛力の向上といったリアリズムが導入された「第三世代の平和維持活動」に移行しつつある。

国連平和維持活動が大きく変容しつつある今日、日本だけが、「武力衝突」か「戦闘」か、といった「言葉遊び」を余儀なくされる「PKO参加5原則」に固執していいのか。今後、第三世代の国連平和維持活動に参加するのか、できないとしたら日本は今後「積極的平和主義」の看板を下ろし、国連活動には一切参加しないのか、あるいは「5原則」は変えてでも参加するのか、まさにこういう核心的な問いが突き付けられているのだ。

「戦場のIT化」への教訓とせよ

日報を受ける立場にあった元指揮官として、もう一点付け加えたい。繰り返すが日報の目的は、指揮官の指揮を適切にし、教訓を導き出すためのものである。日報を書く担当者は現場の隊員である。彼らには必ずしも政治状況が完璧に把握できているとは限らない。「戦闘」と書けばPKO5原則に抵触するから「武力衝突」と書くべきだなどということに考えが及ばないのが普通である。

多忙を極める現場に対し、いちいち六法全書を片手に、政治を忖度しながら日報を書くようなことを要求してはならない。「言葉遊び」は、指揮官が状況を把握する上で全く必要はない。そこまで求めると、現場部隊は委縮し、事なかれ主義に走り、微妙な事象については報告を上げて来なくなる可能性がある。そうなれば指揮官に実情が伝わらなくなり、指揮官の指揮を誤らせることにもなりかねない。日報は政治の論争に使うべきものではない。それは「目的外使用」であることを政治家は理解すべきだ。

今回の事案は、IT時代に直面する宿命的課題が顕在化したということも指摘しておきたい。なるほど、イントラネットで情報共有は容易になった。だが軍事組織で、誰が情報を共有しているかもわからないような事態はあってはならない。また文書破棄を命じても徹底できないというような不具合を生じさせてはならない。この騒動を糧として、文書管理のみならず広く戦場のIT化に対応すべく、システムを再構築し、各種規則を整備していくことが求められる。

最後に陸自の名誉の為に一言付け加えておきたい。日報問題が大騒動になったのは、公文書管理法、情報公開法に対する認識不足もさることながら、1月以降の防衛省の対応の不手際が大きい。電子データが残っていた事実を陸幕長が内局に報告したのに対し、その事実を防衛大臣に報告するのかどうか、国会やメディアへの説明ぶりは、などといった対外説明要領の不手際である。これは純粋に内局官僚の役割であり、陸自に責任はない。

日報問題で防衛省は大きな痛手を被った。だが同時に軍事組織であり行政組織でもある防衛省、自衛隊に内在する本質的な問題点を浮き彫りにした。ピンチはチャンスである。安易な幕引きではなく、顕在化した問題の本質を真正面に見据え、合理的な解決策を導き出すことが求められている。


織田 邦男   元空将
1974年、防衛大学校卒業、航空自衛隊に入隊。戦闘機パイロット、米空軍大学留学、第301飛行隊長、米スタンフォード大学客員研究員、第6航空団司令などを経て、2005年に空将。06年に航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)に着任し、09年に航空自衛隊を退職。16年には『JB Press』で、中国軍機が東シナ海上空で空自機に対し、「攻撃動作」を仕掛けてきた事実をいち早く指摘するなど、その執筆活動が注目を集めている。

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