オルタナティヴ・ファクト時代における医学教育への課題

2017年08月26日 11:30

8月21日号の「New England Journal of Medicine」誌に「Medical Education in the Era of Alternative Facts」という論文が掲載されていた。気に入らないニュースを「フェイクニュース」と批判し、捻じ曲げた妄想を「Alternative Fact」として主張する時代が、決して政治の場だけでなく、医療の現場にも混乱を引き起こす可能性を憂慮したものだ。

医学の世界では、Alternative Factsはない。薬剤に効く人、効かない人がいても、それはAlternative Factsではなく、そこには有効性を規定している何らかの要因があるはずだ。科学的な評価を進めていけば、はっきりした原因が導かれるはずだ(決して簡単ではないが)。数年前に話題になったが、STAP細胞が存在するかどうか、科学的な事実はひとつしか存在しえない。しかし、今は、ソーシャルメディアなどを通して、事実とは異なる「フェイク」が一気に世の中に拡散するし、「無」から「有」の虚構が多くの人に共有される。情報操作に長けた医師がいれば、黒を白に見せかけて患者さんを騙すことも可能になる。

人間の心理として、耳に痛い事の受け入れを拒絶し、記憶から消し去り、自分の望んでいることを選択的に受け入れ、記憶にとどめようとする傾向がある。もちろん、逆に、医師から受けた再発のリスクなどに不安感を募らせ、それが頭から離れない場合も少なくない。特に、自分が知らないことに対して、われわれは、過大な不安を引き起こすこと、過大な期待をもってしまうことが多い。科学的な事実ではなく、自分の好みを事実と信じ込む可能性が低くない。これらの偏った・誤った判断を避けるには、科学的な思考が不可欠になる。

人の命や人生を左右する立場にある医師という職業に従事する人間、特に、教育に従事する人間は、科学的な洞察力・客観的な判断力・病気に対峙する情熱・人(患者や家族)を思いやる気持ち、そして、自分に対する信念を持って学生や若者の指導に当たることが必要だ。大ボスが白といえば、灰色に見えても、白と盲目的に信ずるような人たちは、教育者として、医学研究者として不適格だ。大ボスや大きなセンターが「免疫療法はがんには効かない」と言うと、部下やそのセンターに所属する人たちは、まるで金太郎飴を切ったかのように、その発言のコピーを繰り返す。科学的な思考を鍛えることなく、上司や大御所に逆らわず平穏に暮らすような人材養成が行われ、日本は遅れをとった。

一流科学雑誌に報告された事実と異なる発言をすると、「おかしい」、「間違っている」と勝ち誇ったかのように批難する研究者なども、この盲目的信者の代表例だ。二十年ほど前に、論文を投稿したところ、「前に報告されたものと結果が反対だ」という審査員の理由で論文の採択を拒否されたことがある。編集代表者に「科学的事実がひっくり返されたことは多々ある。最初に報告された結果が間違っていれば、こんな基準では永遠に事実は曲げられたままになるのではないのか」と連絡したところ、「あなたたちのデータをそのまま解釈すれば、前のデータは間違っていることになる。事実に基づいて判断する限り、論文は採択されるべきである」と判断が一気に変更されたことがある。このような柔軟な考えが、新規の発見には必要だ。

冒頭に触れた論文は、批判的に観察することの重要性を謳っていた。日本では、「批判=批難=悪口」のように受け止められがちで、真っ当な批判でも控える傾向が強い。科学には批判的な洞察力が絶対的に不可欠だ。誰がどのように言ったかではなく、データの取り方に間違いがないのか、データの解釈は正しいのか、ここに導き出された結論を支持するだけの十分な事実(エビデンス)があるのか、これを冷静に、客観的に評価できる能力が必要だ。

臨床現場でも同じだ。同じ薬剤を同じ量投与したとしても、患者さんの反応は決して同じでない。なぜ、反応が異なるのか、そんな疑問を持つところから医学の進歩はあるのだが、同じでないことを当然のように受け入れ、Alternative Factsとして処理し、何の疑問も持たずに日々の診療を繰り返す医師が増えてくると、そこで医療の進歩は足踏みする。そして、医学研究の進歩は決して連続的に起こるのではなく、ある日、突然、一段階異なるフェーズへ突入することが少なくない。

われわれの分野では、DNAシークエンサーの開発が、20世紀には存在しなかったゲノム医療という新たな医療体系を生み出しつつある。日本では生体肝移植という医療が多くの患者、特に、治療法がなかった子供たちを救った。この時代を切り開いた先駆者を日本のメディアは魔女狩りにした。難病患者の命を救った科学と医師の情熱という事実はどこに行ってしまったのか?医学の歴史を振り返る場合、Factは一つしかない。誰が何を言ったかではなく、誰が何をしたのかを評価できる目が日本に必要だ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
シカゴ大学医学部 内科教授、外科教授

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