憲法学者とは、なぜ反米主義者のことなのか

2017年09月12日 21:00

本日、朝日新聞にインタビュー記事を掲載していただいた。憲法学者とアメリカとの関係について、ブログを使って、補足しておきたい。

朝鮮半島情勢だけを見ても、日本を取り巻く環境は緊迫している。しつこいようだが、『ほんとうの憲法』の姿を憲法学者の反米主義の呪縛から解放することの重要性は、どんなに強調しても強調しきれない。

私が『集団的自衛権の思想史』(2016年)を書こうと思ったのは、集団的自衛権をめぐる日本のガラパゴス理解を指摘するための作業をしておきたかったからだが、憲法学者の異様な政治運動について考えてみる作業を自分自身がしておきたいと思ったからでもあった。

2015年安保法制をめぐる喧噪での憲法学者を中心とする方々の言説は、なぜ異様だったのか。その問いに対する答えが、自分自身で感覚的にわかったのは、終戦時の東京大学法学部憲法第一講座担当教授・宮沢俊義の論文「八月革命と国民主権主義」が雑誌『世界文化』に1946年5月に掲載された際のオリジナルをマイクロフィッシュで読んだときだった。

われわれは通常、この論文を、宮沢俊義『憲法の原理』(岩波書店、1960年)収録されている「日本国憲法生誕の法理」という題名の論文として、読んでしまう。しかし『憲法の原理』所収論文は、編集が施された後のものだ。オリジナルの「八月革命と国民主権主義」にしかない記述がある。原文をマイクロフィッシュで読んだ際、私は、戦後日本憲法学の一つの特質を、肌で感じることができた。

宮沢は、1946年「八月革命」論文を、檄文のような『タイム』誌への憤りの表明で結んでいた。『タイム』誌が、「We the Minics (ママ)(我ら模倣者は)」という題名の記事で、「日本人の模倣的頭脳がアメリカ式憲法草案を生んだ」、と揶揄したからだ。

宮沢は、政府憲法草案が、実際にはGHQが作成したものであることを知りながら、それを隠して、「政府案が国民主権主義を採用したのは決して単なるアメリカの模倣ではない」、とあえて断言していた。

そのうえで、憲法草案の表現や規定に「模倣と評せられ得るものがきはめて多い」ことについては「十分再検討」すべきだと主張した。そして「冷笑され」ないように、「政府案の審議にあたる議員諸公」に「真に自主的な民主憲法を確立させるためには遺漏なきを期してもらいたい」という一文で、論文を締めくくった。

松本委員会の委員であった宮沢が、議員への責任転嫁のような要請をするのは奇異である。しかし、この一文こそが、「八月革命」説の政治的意図を説明する。

宮沢に続いた戦後日本の憲法学は、『タイム』誌への、アメリカへの、復讐をしている。

保守派は宮沢の「転向」を語るが、私は違う印象を持っている。アメリカ人が作った憲法を日本人が作ったものと主張し、それをもってアメリカ外交政策への抵抗の手段とする。戦後の焼け野原で日本人がとることができた、ぎりぎりのアメリカへの復讐策だろう。宮沢は、アメリカ人が起草した憲法案を、革命によって主権を奪った国民が書いたものだと言いつくろって、自分たちのものとしようとした。その後、冷戦体制が進展すると、安全保障体制の整備を求めるアメリカに「面従腹背」するための装置として、憲法を利用し続けることになった。そのような倒錯した反米主義が、憲法学者を中心とする護憲主義者たちの間で定着した。

宮沢は、悔しかったのだ。
アメリカに戦争で負けたことも悔しかっただろう。宮沢は、1941年12月8日の日米開戦を、「最近日本でこの日くらい全国民を緊張させ、感激させ、そしてまた歓喜させた日はなかろう」という気持ちで迎えた人物であった。

「とうとうやりましたな、・・・来るべきものがつひに来たといふ感じが梅雨明けのやうな明朗さをもたらした・・・。この瞬間、全国の日本人といふ日本人はその体内に同じ日本人の血が強く脈打つていることを改めてはつきりと意識したに相違ない。・・・それから息を継ぐひまもなく、相次ぐ戦勝の知らせである。・・・気の小さい者にはあまりにも強すぎる喜びの種であった。」

宮沢の世界情勢分析によれば、

「東洋の国家の代表選手としての日本がその歴史的・宿命的な発展を遂行することは必然的にアングロ・サクソン国家の東洋に対する支配といふものを排除することを意味する。・・・アングロ・サクソン国家は近年はあらゆる問題について国際的現状維持をもつて国際的正義なりと主張して来た。しかし、考えてみるとこんな虫のいい議論はない。・・・アングロ・サクソン人のかういふ虫のいい考へが根本的に間違つてゐることをぜひ今度は彼らに知らせてやる必要がある。・・・願はくはこのたびの大東亜戦争をしてアジヤのルネサンスの輝かしき第一ページたらしめよ。」(宮沢俊義「アングロ・サクソン国家のたそがれ」(1942年)等)。

終戦直後、宮沢は東大での講義の中で、大日本帝国憲法のままで日本は民主化できることを力説していた。松本委員会で新憲法案を起草することになったとき、自分が慣れ親しんだ大日本帝国憲法の焼き直しでしかない草案を作成した。その宮沢憲法案こそが、マッカーサーに、危機感を抱かせたものだった。GHQが急遽、新憲法を起草する作業を行う判断をした、そのきっかけとなった守旧的な憲法案を作った功績は、宮沢のものである。宮沢憲法草案をゴミ箱に放り投げて葬り去り、GHQは新憲法案を起草したのである。

憲法学の中に、反米主義の伝統が根強く存在しているのは、護憲主義がアメリカへの復讐の性格を持っているからだ。アメリカ人が起草した憲法を逆手にとって、アメリカの外交政策に抵抗する、アメリカの属国になる事を拒否する道具とする、それが戦後日本憲法学が密かに推進した護憲主義という名のプロジェクトであった。

宮沢は戦前・戦中・戦後の体験から、深いアメリカへの不信感を持っていた。戦後に憲法学者になった方々は、また違う背景を持っているのだろうとは思う。しかし政治イデオロギーで同調するのでなければ、そもそも憲法学者という職業を志すこともなかったのだろう。戦後日本の支配的な憲法学者たちは、一貫して、反米主義者であった。

宮沢論文から71年後、石川健治・東大法学部教授は語る。

「9条2項を根拠に、軍事組織を持つことの正統性が不断に問われ続けてきたこととの関係で、大規模な軍拡予算を組むことが事実上難しくなっているという側面に注目する必要があります。とりわけ大蔵省や財務省の予算編成においては、そうした抑制的作用が大きく働いてきたということです。財政の決定権は、もちろん憲法によれば国会にあるわけですけれども、実際の編成は役所がやっている。そして、防衛庁・防衛省やアメリカの軍拡圧力に対して、大蔵省・財務省が杓子定規な予算編成を行うにあたり、9条が「錦の御旗」として存在することの意義は、小さくなかったはずです。じりじりと自衛隊の規模は拡大していきましたが、国の財政規模からいえば極めて抑制的であり、北東アジアの軍拡競争に巻き込まれることはありませんでした。」(「石川健治東京大教授に聞く―自衛隊に対する憲法上のコントロールをゼロにする提案だ」『朝日新聞Webronza』2017年7月21日)

NHKニュースより(編集部)

石川教授の世界観によれば、日本国内の軍国主義者たちの背景で圧力をかけているのはアメリカであり、アメリカに抵抗しているのは平和主義者の財務省の役人たちである。そして憲法学者の憲法9条解釈は、軍国主義・アメリカに抵抗する平和主義・財務省の役人を助けている。だから、憲法学者の憲法解釈は称賛されるべきだ、というのである。

石川教授は、アメリカを軍国主義の悪の勢力と断定し、それに抵抗する勢力を善と断定する基準を持ち込んだうえで、反米運動に役立つから9条2項の「錦の御旗」は意義を持っている、と論じる。もはやここで石川教授が、憲法の法理を説く者として語っていないことは、明らかだろう。憲法が明示しているとは言えない政治的イデオロギーの推進に、憲法がどれくらい役立つかを解説してくれる、運動家である。

政治運動に熱を上げる憲法学者たちが、こぞって反米主義者なのは、偶然ではない。戦後憲法学においては、常に反米精神こそが護憲主義運動の基盤を形成していたのだから。

彼らが「押しつけ憲法論」に際立った感情的反応を示してきたのも、偶然ではない。改憲を通じてアメリカとの同盟関係を完全に確立してしまうことにこそ、反対しているのだから。

彼らの憲法解釈が、いつも特定の外交政策を支持する政治漫談に終始するのは、偶然ではない。憲法をアメリカとの共同歩調を崩すための道具とし、反米運動の拠点として使い続けるのでなければ、意味がないのだから。

新憲法は、大日本帝国憲法改正の手続きを踏んで、制定された。「押しつけ憲法」改憲論者は、実際にはGHQが憲法案を起草したということを懸念して、改憲を唱えた。護憲派の憲法学者たちは、憲法手続きの前に「国民」が主権を奪う革命を起こしていたのだから、改憲しなくていいのだ、と唱えた。両者は激しく対立してきたように見えるが、実際には内ゲバの様相を呈した戦いを続けている。どちらもアメリカを警戒し、公式に採用された手続きの効力を疑っているという点においては、全く同じだからだ。

憲法学者たちは、いつまで反米主義の感情を、憲法解釈の根拠とし、「多数派」「通説」形成のための基盤とし続けるのだろうか。

時間はかかるだろう。しかし、学術的良心を持つ新しい世代の憲法学者が、徐々にでも事態を改善してくれることには、期待したい。

ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判 (ちくま新書 1267)
篠田 英朗
筑摩書房
2017-07-05

編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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