トランプ米大統領の訪中で見落としていたが、8日午後、トランプ到着の2時間後には、投資家として知られるウィルバー・ロス米商務長官が汪洋副首相と北京の人民大会堂で顔を合わせ、米中企業家の商談に立ち会った。汪洋は最高指導部の常務委員に就任したばかりだ。米中の有力指導者が並んだ場で、生命科学や航空、Intelligent manufacturing(知的生産)などの分野で計19件、総額で90億ドルの協力プロジェクトに関する調印式が行われた。
米中トップ会談を前にしたセレモニーなのだろう。中国側の報道によると、汪洋は、
「今日はただの前座で、(首脳会談のある)明日が本番だ」
と述べたという。汪洋は米中首脳会談にも同席し、トランプ滞在中、米中はエネルギー、製造業、農業、航空、電気、自動車などの分野で総額2500億ドルを超える貿易契約・投資協定に調印したことが公表された。
米中の貿易総額は、大幅な米国の赤字を抱えながらも、2016年には5,243億ドルに達し、相互の人的往来は延べ500万人に達する。貿易額は2017年上半期ですでに2,891.5億ドルにのぼり、前年同期比で9.8%増えている。今後は先端技術の分野で競争と協力が進行し、ヒトとモノの行き来はさらに深まるだろう。
汪洋副首相については、2014年9月24日、人民大会堂で日本の大手企業トップが参加する日中経済協会の訪中代表団と会見した際のエピソードが忘れがたい。日中のハイレベル経済対話が2010年から途絶え、再開の目途が立っていない中、日本の経済界も逆風を受けながらの訪中だった。だが、経団連の榊原定征会長を含め過去最大規模の約210人が参加した。
会見の前日、読売新聞が、汪洋が政治局常務委のメンバーでないことから、「『中国側に対日関係を改善する兆しは表れていない』との受け止める声が出ている」と報じた。この記事が思わぬ波紋を呼んだ。汪洋は24日の会見で冒頭、「日本の経済界のみなさまが、中日両国間の友好協力、とりわけ互恵協力を非常に重視している」ことを評価した後で、わざわざ同記事を訂正しこう述べた。
「昨年はみなさまと中南海の紫光閣でお会いし、しかもメンバーのうちの十数人の方しか会っていません。しかし、今年は人民大会堂で会っていて、また、メンバーも数十名の方々とお会いすることができた。このたび日中経済協会がこんなに大規模な代表団を率いて訪中されたことを、非常に重視していると表したい」
副首相による異例のコメントには、面会する中国指導者のランクに対する日本側の執拗なこだわりが背景にある。同年7月に訪中した民主党の海江田代表は、当時、総書記の補佐役だった劉雲山・党中央書記局書記(党序列5位)と会い、集団自衛権行使について議論した。だが、二か月前に訪中した自民党の高村正彦副総裁ら超党派の国会議員団が、序列3位の張徳江・全国人民代表大会常務委員長と面会していたことから、日本のメディアには海江田の落胆が伝えられた。
日中の政治関係が領土問題でこじれている中、面会する指導者のランクにこだわる日本の政治家の姿は、中国人には「朝貢外交のようだ」と奇異に映る。自分の見栄えだけを気にして人に会っていては、真の関係は構築できない。それどころか、人の心は離れてしまう。そんなことを繰り返してきたのではないだろうか。たとえ相手の地位が低かろうが、長い目で将来を見据え、一歩一歩、地道に付き合うということを忘れてはいなかったか。今からでも遅くないので、自省した方がいい。
当時、出した拙著『習近平の政治思想』(勉誠出版、2015)では、以下のように指摘した。
「問題なのは中国指導者のランクではない。天安門事件後、鄧小平とブッシュが本音をぶつけあったようなパイプがないことにある。有効な意思疎通のできるルートがあれば、政治局クラスでも十分、最高指導部の感触を探り、日本の真意を伝えることもできる。政治局員であり、次期常務委入りも有力視される汪洋のコメントがそれを裏付けている」
鄧小平とブッシュ(父)の関係は、ブッシュが1970年代、米国政府の 北京事務所所長を務めていたころにさかのぼる。二人の親密な人間関係が、1989年の天安門事件による米中対立を緩和させる重要な役割を果たした。
さて、常務委員入りした汪洋に、日本側はどんな顔をして会いに行くのか。自分たちの人間関係に置き換えてみれば、周囲からどんなふうに見えるのか、容易に想像がつく。
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。