ブラック企業と同じくらい深刻な“ブラック社員”とは?

源田 裕久

2014年11月に施行された「過労死等防止対策推進法」において、11月は「過労死等防止啓発月間」と定められた。

これに伴い、現在、「過重労働解消キャンペーン」の一環として、労働基準監督署が中心となり、長時間の過重な労働による過労死などに関して労災請求が行われた事業場や若者の「使い捨て」が疑われる企業などへ監督指導(重点監督)が実施されている。

この状況下、今年5月に、厚生労働省労働基準局監督課が「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、法令に違反した企業名を初めて公表した(最新版はこちら)。

全体の6割弱は労働安全衛生法関連の違反者だったが、時間外労働の割増賃金未払いや、時間外労働させるために労使で締結すべき36協定の不備、長時間労働に関する労働基準法違反者などについても、その事案概要が公表された。遂に厚生労働省がブラック企業対策に本腰を入れたのかと話題になった。

しばしば「実感なきバブル期超えの景気拡大」などの言葉が報道機関のニュースの見出しを飾る。先の総選挙では、安倍総理がアベノミクスによる雇用拡大をしきりにアピールしていたが、確かに今年8月の有効求人倍率は1.52倍となり、麻生政権末期の2009 年 8 月の 0.42 倍から大きく改善された。

ブラック企業の陰に隠れた“ブラック社員”の存在

人手不足を補う生産性向上が図られるかが日本経済の浮沈を左右するという危惧があるものの、この傾向が続けばブラック企業が淘汰されるという識者もあり、前述の法令違反の公表も相まって、無垢な労働者を搾取する企業が一掃されることを願うばかりだ。

しかし、「ブラック企業」という言葉は一面的であるようにも感じる。というのも、社会保険労務士として幾多の中小企業からの相談を受けていると、労働者としての義務を果たさず(不完全履行も含む)、やたらと権利を主張することで健全な企業経営に悪影響を与える社員が存在することもまた事実なのだ。

たとえば、有給休暇の取得は一定の条件をクリアした者に対して与えられる法で守られている権利である。そして企業側には「時季変更権」といって企業側の事情により有休取得の時期を変更することが認められているのだが、企業側の都合を一切無視して、一方的に休んだりする者もいる。

また、労働者本人の能力の欠如によると思われる場合も多い割に、仕事の教え方が悪いと経営者を罵倒する者や、仕事外での負傷なのにどんなに長期間でも治るまで休職させるのが当たり前だと要求したりする者がいる。頭のてっぺんからつま先まで「労働者は常に弱く、保護されてしかるべき存在である」という思い込みを、全身に纏っているような要求を突きつける社員は本当に実在するのだ。

このような言動の社員は、ブラック企業において、その条件を受け入れて働いてしまっている社員とは区別する意味で、もはや「真正ブラック社員」とか「勘違い社員」とか表現するしかないと思われる。

さらには過去において不当な要求が通った成功経験をもとに、違法まがいや就業規則の抜け穴を突いて金銭や諸待遇を求め、場合によっては他の社員も巻き込みながら、経営者を絶望の暗闇へと突き落とす社員までも存在する。

会社と約束した仕事は労働者の責務

そもそも「働く」ということの基本は、労働者(社員)が労働力を提供し、その対価として使用者(経営者)が報酬を支払うことである。この「働くこと」については「雇用契約」と「労働契約」という2つの言葉で表現されることもあるが、名古屋大学の和田肇教授によれば、「雇用契約」は民法上では労務供給契約の一つとして用いられている概念であり、「労働契約」は労働関係諸法規で用いられる概念とされる。

これらの言葉が同じなのか違うのか議論があるが、現行法体系のように民法と労働法や労働法の中でも関係諸法規が錯綜している中では、同一説と峻別説の双方にそれぞれ言い分があるが、しかし従業員たる地位確認については、労働契約上のそれであっても雇用契約上のそれであってもどちらでもよい・・・と和田教授は釈義されている。

いずれにしても、使用者と労働者が双方合意で約束した労働力の提供については、それが契約である以上、万全に提供できるようにするのは労働者の責務であり、民法上の雇用契約は「役務型契約」に分類される。

勿論、これに応えて、その対価をしっかりと全額支払うのは経営者の義務だ。加えて労働契約法は、労働者の生命や身体等の安全を確保するべしという安全配慮義務を課している。

虚実入り混じる情報が溢れるなか、自身に都合の良い情報やフェイク情報に簡単に感化されてしまう社員がいる一方、「俺の若い頃は……」と社員の権利を顧みず、過去の成功体験を押し付ける経営者もいる。

角突き合いをするのではなく、お互い対等な関係に立って、まずは可能な限りコミュニケーションを持つことが良好な労使関係を築くはじめの一歩である。これから実例を交えつつ、トラブル原因と解決のための処方箋を今後アゴラで紹介していきたい。

源田 裕久(げんだ ひろひさ)
社会保険労務士/産業心理カウンセラー アゴラ出版道場3期生

足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。2016年に法人化して、これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。公式サイト「社会保険労務士法人パートナーズメニュー」