北海道拓殖銀行の破綻から20年経って考えたこと

2017年11月19日 11:30

北海道拓殖銀行の経営破綻から先日でちょうど20年だった。道民的には、山一證券よりもこちらの方がショックだった。

最初に持った銀行口座はたくぎんだった。サンリオのたあ坊というキャラクターの通帳だったような。まだ、クローゼットにあるかも。親戚にも、高校の同期にも同行で働いている人がいて。その翌年、私は北海道の営業担当として月に1回出張する日々を送ったのだけど、顧客が受けていたショックたるや。

もっとも、2017年の今、タラレバだけど、たくぎんが存在し続けているイメージもあまりわかず。経営破綻はショックだし、仕事を失う人もいたわけだけど、ここで人が、産業が動くとも言える。

ちょうど1997年は社会人一年目で。つらい日々を送っており。たくぎん破綻がどういう意味を持つのか理解しきれていなかったけれど、「ああ、世知辛い世の中だなあ」と思っていた。

板橋の大山に半年だけ住んだ後、節約のため小岩の独身寮に移ったのもこの頃で。建物自体は立派で、大浴場も当時は珍しかった乾燥機つきの洗濯コーナーもあったのだけど、個人の部屋はタコ部屋みたいなところだった。いや、良い人生経験だったけど。

さらに寮に移った2週間後くらいに福利厚生抜本見直しで廃止になることを通勤中の総武線の中で、日経を読んでいて知るという。そうか、タコ部屋すらあと数年で出ないとなのか、と。立ち退き料をもらったけどな。

様々な喜怒哀楽があるし、絶賛スランプ中なのだけど、20年経ってもなんとか生きていることに感謝。そろそろ人間的に安定しよう。

「働き方改革」の不都合な真実
おおたとしまさ
イースト・プレス
2017-11-17


最新作、よろしくね。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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