近年、インターネットの発達もあり、誰もが容易に医療に関する情報を得られるようになりました。以前話題になった「Welq」や「ヘルスケア大学」のように、怪しい情報があふれているということに関しても、最近様々なメディアや医師たちが警告を出すようになりました。
Welqでは、「肩こりの原因は幽霊かも」という、かなりインパクトの大きいトンデモ記事がありました。最近では、某出版社系のメディアが、「ふくらはぎをもむと妊娠する」というような記事を載せ、炎上し削除されるという騒ぎもありました。これらは、医学的にも全く出鱈目で、荒唐無稽な記事と言わざるを得ませんが、「トンデモ医療情報」の中では、非常にわかりやすい部類に属し、「トンデモ医療情報ランキング」のようなものがあったとしたら、まだ“かわいい”ものの部類に入るかも知れません。
多くの怪しい医療情報は、部分的には正しいものであったり、研究結果の切り取り方が恣意的であったり、まだ研究途上であるものを、恰も結果が出ているかのように誇大広告しているもので、その分真偽がわかりにくく、たちが悪いと言えるでしょう。
ニセ医学その1「水素水」
こういった情報のひとつに、「水素水」があります。「水素水」に関しては今まで400以上の論文が出されています(正確に言うと、水素分子の作用に関してであり、水素水というのは、多様な水素の摂取形態がある中で、吸入したりするのも大変なので、もっとも簡便に摂取するために水に溶かしているという、摂取のための一形態にすぎません)。
水素分子は、体内で拡散して、毒性の高いフリーラジカルを還元することで、細胞死を抑制し、脳梗塞や心筋梗塞などの血管障害や、炎症性疾患、動脈硬化や高脂血症などの抑制に効果がある可能性があることが、これまでのマウス実験などで示唆されています。ヒトを対象として行われた研究もいくつかありますが、規模が小さく研究結果にはまだ信頼が置ける状態ではないのが現状です。
現在慶応大学では、水素ガス吸入が、心肺停止後の脳蘇生に有効かどうかを検証する大規模研究を行っているようですが、これからの進歩を期待したい分野のひとつではあると言えるでしょう。とはいえ、現時点で、「水素水で若返り!」とか、「水素水で○○がなおった!」といって、「水素水」なるものを販売するのは(しかもペットボトル入りとか、笑)、完全に「ニセ科学」であり、「誇大広告」と言わなければならないレベルであることは間違いありません。
ニセ医学その2「癌は放置」
「癌は放置」といえば、誰しもまず、近藤誠医師を思い浮かべるかも知れません。近藤医師は放射線治療医で、1980年代に、乳がんに対して乳房温存療法を積極的に導入したことで知られています。乳房温存手術の提唱は非常に妥当なことなのですが、近藤医師の主張はその後エスカレートし、「がんもどき」理論に基づく「放置」を唱えるようになります。
近藤医師の主張が厄介なのは、百パーセント論理が誤っている、と必ずしも言えないところにあります。「がんもどき」にしても、良性と悪性の中間くらいの腫瘍や、極めて低悪性度の腫瘍で、数年では殆ど変化がないだろうと思われるものがあることは確かで、「発見」されて本当は必要が無い手術をされてしまったおかげで体に余計な負担がかかってしまうケースもあります。最近では、癌の過剰診断が問題になっています。しかし、多くの低悪性度の癌が、放置されることにより進行癌になっていき、取り返しのつかない事態になるのもまた事実です。
また、近藤医師は「日本は世界一の『医療被曝』大国」(集英社新書)という著作の中で、日本の医療被曝の現状を指摘しています。日本では、延命効果のはっきりしない無駄な検査や検診が行われていることがあり、その結果として、医療被曝が他の国よりも多く、これは欧米の学術誌でも指摘されています。わたしも、無駄な検査を減らすことにより、患者さんの生活の質が上がり、さらに医療費が抑制されることを望んでいます。
しかし結論では、例の「がんもどき」理論による「検診の全否定」となっており、前半の正しさは一体何だったのか?とため息をつかざるをえません。
「ニセ医学」の例をふたつ挙げましたが、ここで述べたようにニセ医学の論理は年々複雑化しています。正しい情報の中に、ニセの情報が含まれている点が厄介なのです。とりあえずは、全肯定とか全否定とか、極端な結論を謳っているものは疑ってかかりましょう。また、「奇跡」という言葉ほど高くつくものはないと肝に銘じておきましょう。