韓国人はなぜ90年代から日本を憎むようになったのか

池田 信夫

慰安婦問題をめぐる日韓合意は事実上、白紙に戻った。日本にまた謝罪を求める文在寅大統領は異常だが、これは昔からの問題ではない。80年代までは、こんなに強い反日感情はなかった。韓国政府が戦時賠償の話を蒸し返すようになったのは、1990年代に軍事政権から民政に移行した後である。

歴史的に、朝鮮民族は分裂に悩んできた。日本の植民地時代には「日本国民」としてのアイデンティティを与えられたが、それに満足しているわけではなかった。それが戦後、民族として自立するチャンスを与えられたと思ったら、南北に分断されてしまった。

これは東西ドイツに似ている。伝統的にドイツの中心だったプロイセン地方もベルリンも東ドイツになり、西ドイツは求心力を失った。彼らを統合したアイデンティティは、ナチスの戦争犯罪を徹底的に追及して「ナチスは悪かったがドイツ人は悪くない」と主張することだった。

分断国家では、ナショナリズムは単なる思想ではない。いつ攻撃してくるかわからない隣国と戦争するとき、どっちの国のために命を捨てるかという切実な問題である。1993年までの軍事政権では、国民を統合したのはあからさまな暴力だったが、民政に移行すると、自由と民主主義では国民を統合できなくなった。

慰安婦問題をこじらせたのは韓国初の文民大統領、金泳三だった。彼は日韓基本条約で決着していた補償問題を蒸し返し、1993年の河野談話をいったん了解したが、またカネを要求したので、日本政府が「アジア女性基金」をつくった。

その後も慰安婦問題は、和解したようにみえて蒸し返された。それはドイツ人が地球の果てまでナチスを追いかけたのと同じく、わかりやすい悪を作り出すことで国民的なアイデンティティを維持する負のナショナリズムだった。

だがホロコーストに比べると、慰安婦問題は悪としてのインパクトが弱く、証拠もなかった。2000年代にそれを再燃させた最大の原因は、朝日新聞である。分断国家では、同胞を非難するより隣国を非難するほうが政治的に安全だ。日本人がみずから「私はナチスです」と名乗り出たのだから、これをたたかない手はない。

韓国人の反日感情は、ある意味では分断国家の宿命ともいえるが、国家=国民の境界が自明な日本人にはわからない。それは朝鮮民族の問題なので、日本が解決することもできない。最終的に解決するのは、分断国家が終わるときだろう。