軍事技術の先を見る

清谷 信一

96式装輪装甲車(Wikipedia:編集部)

かつて、90年代にぼくは、将来装甲車は圧倒的に装輪装甲車になる、と「予言」ました。

ところが当時陸自もそうですが、軍オタさんたちは、装軌装甲車の有用性を主張し、装輪装甲車が重用されるというと、「装輪厨」などと揶揄しました。また水田が多い日本では装輪装甲車は使えないという話もありました。

実際の所、現在開発、生産されている軍用装甲車の大多数、恐らく95パーセントは装輪装甲車です。
我が国でもMCVも装輪式など装輪装甲車が主流です。

なぜ、ぼくは装輪装甲車が主流になると判断したのか。

それはカネの問題です。
ざっくり言って装輪装甲車の維持費は装軌車輌の1/3です。

ソ連が崩壊した後、多くの国で国防費が削減されました。
また、装甲車両のネットワーク化、RWSやセンサー、情報把握システムなどの比重がドンガラの装甲車に比べて高くなりました。これららコストがかさみ、装甲車両の値段は上がってきました。

ドンガラ、そしてその維持費を抑えるならば、装輪装甲車を選択するしかない、というのが各国の軍隊の実情となりました。

整備費用、特にPKOなど遠隔地での長期に作戦では整備費用に加えて、装輪装甲車であれば兵站をミニマイズできます。

無論、装軌装甲車と装輪装甲車はそれぞれ一端があります。

ですがコストという面を考えれば、装輪装甲車が主流になったのは当然の結果であり、それは「予言」ではなく、論理的な帰結です。

また見本市などで多くのメーカー関係者や軍人に取材し、彼らがどう考えているかも参考になりました。特に南アの取材は大きかったです。90年代までの南アの戦争はまさに現在の非対称戦の前触れだったわけで、南ア国防軍の戦訓を十分に研究すれば、今世紀に入ってからの非対称戦、ハイブリッド戦争がどうなるか、という予測は可能だったはずです。また装輪装甲車が主流となることも予想できました。

一部の残念な軍オタさんたちが、こういう予測ができないのは、情緒を元にしているからです。さらに申せば、現状常に肯定したいという硬直した思考があったからです。

兵器をあたかもアイドルと同じように考えていので、そのアイドルを否定するような結論には目をつぶるわけです。アイドルは常に他正しい、と。

始めにそのアイドルを全肯定することから論が始まります。そのために都合のいいエビデンスをネットで拾ってきて論理武装して、仲間内で盛り上がるわけですが、元が誤っているで、いくら個理屈をつけても正しい結論にはたどり着けません。

ところが何かの変革が起こるときはそのアイドルを否定されることがあるわけです。

ですが、アイドルが大好きなのでそれができない。

趣味の軍事と、現実の軍事は分けて考えるべきですが、それができない。
なお悪いことに、自分は軍事の専門家だと誤解している場合が多く、議論が紛糾し、議論を相手を「素人さん」呼ばわりしたりすることも見かけます。

A-10攻撃機(Wikipedia:編集部)

A-10攻撃機礼賛も同じです。マッチョな飛行機が好きなだけです。

多目的に使えない、しかも低空で使用して被弾の可能性が高く、維持費が極めて高い特殊なA-10は米空軍御荷物だし、他国で同様な機体の開発も調達もありません。ロシアの攻撃機ぐらいでしょうが、これらもA-10とは異なります。

攻撃ヘリよりA-10がいいのであれば米空軍が米陸軍に押しつけようとしたときに、陸軍が攻撃ヘリを全廃して、A-10を引き受けていたでしょうが、実際は陸軍は断りました。

それでも大本を見ずに、些細なディテールだけを積み上げて自説を強弁するわけです。当然、現実からどんどんはなれていきます。

「最新型戦車が無いと死ぬ病」も同じです。戦車が何のために必要かという視点が欠如してます。
師団規模の機甲部隊が本土に揚陸してくる可能性はゴジラ上陸と同じぐらい現実味が無い話です。
想定されているのは島嶼防衛と、MD、ゲリコマ対処です。

であれば最新型のM1A2やレオパルト2などと殴り合うような戦車は必要ありません。ゲリコマ対処の普通科支援であれば74式の近代化で十分です。

ところが陸幕はありもしないゴジラ上陸に備えて、戦車とMCVを大人買いして、本来必要なネットワークや普通科の現代化という投資を軽視してきました。その点では程度の悪い軍オタは陸幕と同じレベルの思考だと言えなくもないですが。

しかも不思議なことに10式戦車がないと死ぬという人たちは、89式ICVが数も足りず、近代化もされずに、機甲部隊のネットワーク化も存在しないこと(10式のネットワークはローカルです)は目をつぶります。

更に申せばネットワーク化、情報化にもカネが掛かります。

陸自の予算をみれば、戦車につぎ込むカネはないし、その優先順位も低い。
それが理解できません。

問題なのは我が国の世論では納税者として防衛を語る人が少なく、イデオロギーか、この手の偏った軍事知識の軍オタさんの声が大きいことです。

繰り替えますが、防衛にはカネが掛かります。それは無限にあるわけではありません。
限られた予算をどう使うか。買った装備の維持にどの程度のカネがかかるのか、そういう視点が無い、単なる兵器フェチが現実の軍事を語るのは大変危険なことであると思います。

新兵器買ってくれないと死ぬと騒ぐのは、子供がオモチャ売り場で、床に寝転んで手足をばたつかせて高価なオモチャかってくれないとヤダと駄々こねるのと同じです。

親御さんならばそれが子供もに必要か、また家計の中で、オモチャばっかり買えないよねといさめることになります。当然ならがぼくらジャーナリストや納税者が前者ではなく、後者の視点を持つべきあるということです。

■本日の市ヶ谷の噂■
ミネベア製の9ミリ拳銃は2500発も撃つとクラックが入る粗悪な品質、耐久性で、オリジナルとは月とスッポン、ライセンス国産能力は低いとの噂。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2018年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。