ユダヤ人が引きずる「良心の痛み」

2018年02月19日 11:30

先日、疲れたのでベットに横になりながらラジオを聞いていた時、「良心の痛み」をテーマにさまざまな有識者に見解を聞いていた。「良心」という表現はキリスト教が出現する前からあった。ソクラテスも良心について言及していたという。興味を引いたのは、一人のユダヤ人の意見だ。アウシュヴィッツ強制収容所で多くのユダヤ人が犠牲となったが、生き残ったユダヤ人の中には一種の良心の痛みを感じながら、その後の人生を歩むケースが少なくないという。

▲ナチ・ハンターと呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール(1995年3月、ウィーンのヴィーゼンタール事務所で撮影)

▲ナチ・ハンターと呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール(1995年3月、ウィーンのヴィーゼンタール事務所で撮影)

そのユダヤ人は、「犠牲となったユダヤ人たちはベストのユダヤ人だった。そうではなかったわれわれは生き延びた。彼らに対し一種の良心の呵責を感じる」という。参考までに説明すると、「犠牲となったユダヤ人は“神の供え物”となった。供え物は常に最高のものでなければならない」という信仰がその根底にある。

当方はナチ・ハンターと呼ばれたサイモン・ヴィ―ゼンタール(1908~2005年)と数回、会見したが、彼に「戦争が終わって久しいが、なぜ今も逃亡したナチス幹部を追い続けるのか」と単刀直入に質問したことがあった。するとヴィーゼンタールは鋭い目をこちらに向け、「生きている人間が死んでいった人間の恨み、憎しみを許すとか、忘れるとか、言える資格や権利はない。『忘れる』ことは、憎しみや恨みを持って亡くなった人間を冒涜する行為だ」と強調した。当方はその時、ユダヤ人の死生観に新鮮なショックを受けたことを今でも思い出す(『憎しみ』と『忘却』」2007年8月26日参考)。

ラジオ放送の良心の呵責の話を聞いた後、ヴィーゼンタールの話を考えた。「確かに、許す許さないといった問題は死者の権利かもしれないが、生き残った人間は死者に対して良心の呵責を感じるものだろうか」と考えた。ホロコーストを生き延びたヴィーゼンタールは強制収容所で命を落とした多くの同胞に、その後の人生でやはり良心の痛みを感じながら生きてきたのだろうか。もはやかなわない願いだが、ヴィーゼンタールにもう一度会って確かめたくなった。

オーストリアの精神科医、心理学者、ヴィクトール・フランクル( 1905~1997年)はどうだったのだろうか。“第3ウィーン学派”と呼ばれ、ナチスの強制収容所の体験をもとに書いた著書「夜と霧」は日本を含む世界で翻訳され、世界的ベストセラーとなった。独自の実存的心理分析( Existential Analysis )に基づく「ロゴセラピー」は世界的に大きな影響を与えている。

フランクルは収容所で亡くなった多くのユダヤ人の死に対しても「意味があった」と受け取り、犬死ではなかったと自身を納得させ、犠牲となったユダヤ人に対する自身の痛みを昇華していったのだろうか。

もちろん、ホロコーストを体験したユダヤ人の中には神への信仰を失ったユダヤ人もいた。600万人以上のユダヤ人がナチス・ドイツ軍の蛮行の犠牲となった後、「なぜ神は多数のユダヤ人が殺害されるのを黙認されたか」「神はどこにいたのか」といったテーマが1960年から80年代にかけ神学界で話題となった。アウシュヴィッツ前と後では神について大きな変化が生じたわけだ。神学界ではそれを「アウシュヴィッツ以降の神学」と呼ぶ。

例えば、ユダヤ人作家で1986年のノーベル平和賞受賞者エリ・ヴィーゼル氏(1928~2016年7月2日)は自身のホロコースト体験を書いた著書「夜」の中で、「神はアウシュヴィッツで裁判にかけられた。その判決は有罪だった」と述べている。

人は良心の呵責から逃れることができない。ホロコーストを生き延びたユダヤ人は、死者に対して良心の呵責を感じながら、その痛みが癒される時を願ってきたのだろうか。反ユダヤ主義の言動に怒りを発する前に、自身の心の世界で痛みを感じてきたのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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