バチカンは過去5年で変わったか

アルゼンチンのブエノスアイレス大司教だったホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿がペテロの後継者、第266代の法王に選出されて今月13日で丸5年目を迎える。

▲南米教会初のローマ法王フランシスコ(2013年3月13日、オーストリア国営放送の中継から)

▲南米教会初のローマ法王フランシスコ(2013年3月13日、オーストリア国営放送の中継から)

当時を少し振り返る。
コンクラーベ(法王選出会)は5回目の投票で新法王を決定した。システィーナ礼拝堂の煙突から白い煙が出て新法王の選出が明らかになると、広場で待機していた市民や信者たちから大歓声が起きた。ローマ法王が南米教会から選ばれたのは初めて。欧州以外からはシリア出身のグレゴリウス3世(在位731~741年)以来、1272年ぶりだった。

法王選出会開催前の準備会議(枢機卿会議)でベルゴリオ枢機卿(現ローマ法王フランシスコ)が教会の現状を厳しく批判し、「教会は病気だ」と爆弾発言し、その内容が多くの枢機卿の心を捉え、南米教会初の法王誕生を生み出す原動力となった。

ベルゴリオ枢機卿は、「自己中心的な教会はイエスを自身の目的のために利用し、イエスを外に出さない。これは病気だ。教会機関のさまざまな悪なる現象はそこに原因がある。この自己中心主義は教会の刷新のエネルギーを奪う」と主張。そして最後に、「2つの教会像がある。一つは福音を述べ伝えるため、飛び出す教会だ。もう一つは社交界の教会だ。それは自身の世界に閉じこもり、自身のために生きる教会だ。それは魂の救済のために必要な教会の刷新や改革への希望の光を投げ捨ててしまう」と述べている。

当方はフランシスコ法王が選出された翌日のコラム(2013年3月14日)の中で、「南米教会から初の法王誕生」というタイトルで「世界のカトリック教会の現状は非常に深刻だ。2010年から聖職者の性的虐待事件が次々と発覚し、教会の信頼は地に落ちた。その直後、法王の執務室から法王宛の書簡や内部文書が流出するといった通称バチリークス事件が発生、同時に、バチカン銀行の不正問題がメディアに報じられるなど、文字通り、バチカンは満身創痍といった状況だ。聖職者不足、信者の教会離れは加速し、教会運営が厳しい教会が増えている。76歳の新法王が取り組まなければならない問題は山積している」と書いた。

あれから5年が経過する。
フランシスコ法王は病気で倒れた教会を治療しただろうか。法王に就任した時が57歳で「空飛ぶ法王」と呼ばれたヨハネ・パウロ2世(在位1978年~2005年)とは比較できないが、76歳でペテロの後継者となったフランシスコ法王は今年に入って南米のチリとペルーを訪問するなど、就任以来22回の外遊を果たしている。法王が公約したように、確かに“外に飛び出している”。南米出身の法王は気さくで、どこへ行っても話題を提供し、人気がある。

具体的には、フランシスコ法王はバチカンの機構改革を進めるため9人の枢機卿を地域別から選出し、枢機卿会議(G9)を創設している。G9はバチカン最高意思決定機関となった。

その間も聖職者の未成年者への性的虐待事件は後を絶たない(「枢機卿にも小児性愛者がいた」2014年7月18日参考)。フランシスコ法王が新設したG9メンバーの1人、財務局長官のジョージ・ペル枢機卿は出身地のオーストラリアのメルボルンの検察局から未成年者への性的虐待容疑を受け、現在、公判中、といった具合だ(豪教会聖職者の『性犯罪』の衝撃」2017年2月9日参考)。

フランシスコ法王の5年間の最大実績は、2016年4月、婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」(Amoris laetitia)を発表し、その中で「離婚・再婚者への聖体拝領問題」について、「個々の状況は複雑だ。それらの事情を配慮して決定すべきだ」と述べ、聖体拝領を許すかどうかの最終決定を現場の司教の判断に委ねたことだろう。

これは画期的な改革だ。バチカン主導の中央集権体制から脱皮し、世界各地の教会の司教会議に権限を譲る非中央集権化への大きな前進を意味するからだ。
バチカン法王庁を中心としたローマ・カトリック教会が正教会のように各国教会の権限が拡大され、強化される一歩となるかもしれない(「法王『教会組織』の“正教会”化急ぐ」2018年1月8日参考)。

もちろん、フランシスコの法王文書が公表されると、バチカン内外の保守派から強い批判と反発の声が挙がった。ちなみに、故ヨハネ・パウロ2世は教会の統一を最大の課題とする中央集権者だった。その結果、地方教会の発展は阻害されてきた。教会の現在の停滞はバチカンの中央集権体制が最大の原因といわれる。フランシスコ法王はその体制を変えようとしているわけだ。法王曰く「聖霊はローマ(バチカン)だけに働くのではない」ということだ(「バチカンで今、何が起きているか」2017年7月3日参考)。

今年12月に82歳となる高齢フランシスコ法王に多くを期待することは酷かもしれないが、ローマ・カトリック教会は聖職者不足、信者の脱会増加など、教会内で多くの問題を抱えている。教会が失った信頼性を復帰し、信者たちの精神的支柱とならない限り、カトリック教会、特に欧州教会はその影響力を急速に失っていくだろう。
欧州のキリスト教会の衰退を尻目に、中東・北アフリカから難民が殺到、イスラム教が北上し、その勢力圏を拡大してきている(「『法王』に残された時間はあるか」2017年12月27日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。