あの誓いから、東日本大震災から7年が経った日に。

2018年03月12日 11:30

こんにちは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

3月11日。東日本大震災から丸7年が経過しました。

毎年この日は記憶を風化させないため、3.11について何かを書くようにしていたのだけど、昨年は百条委員会の真っ最中で何も書いていなかったようで…。

自分もずいぶんと薄情だなと、今更ながら反省することしきりです。

「何かをしなくちゃ」 「自分に何ができるだろう」 と、おそらく誰もが感じたあの気持ちを、もう一度。
http://otokitashun.com/blog/daily/6636/

当時、化粧品ブランドに勤務する会社員だった私は、自家用車に詰め込めるだけの化粧品やスキンケア製品などを積み込んで、南三陸町に向かいました。

勢いで計画した

「メイクアップをして気分転換、喜んでもらおう!」

という企画は明らかにまだ時期尚早で、若気の至りだったなと振り返れば思うものの、物資を含めて沢山の人に喜んでもらうことができました。

色々なDVDとそのプレイヤー替わりに「プレステ2」を持参して寄付したのも喜ばれたけど、「ブルーレイは見られないんだ…」とわりとシビアにガッカリされたことなども、未だに印象深く思い出されますが。。

その後、被災地支援にどっぷりと浸かった私は、初期は泥かきや瓦礫撤去に尽力し、その後は巨大カステラを被災地の子どもたちに届ける「ふらいパンダ」の活動を、実に5年も継続していくことになります。

被災地支援を続ける中で、優柔不断な政治や縦割り行政の理不尽さに何度も直面し、それに憤る被災者の方とも沢山会いました。

「こんな有様じゃ、この国はもう持たない」
「いま変えなきゃダメだ、すぐやらないと後悔する!」

そう強く思ったことが、20代で政治の世界に飛び込む最後のきっかけになりました。

でもそれから7年たって、いまだに政府は重要な書類やデータを隠蔽し、はては改ざん疑惑まで取り沙汰されています。

あのときに「政治を変える」と誓った道はまだまだ志半ばで、復興も道途中です。

東日本大震災7年 なお7万3000人避難
https://mainichi.jp/articles/20180311/ddm/001/040/189000c

12,000人以上の方が、今もなおプレハブの仮設住宅で生活しています。ボランティア活動をする中で、プレハブ住宅に宿泊させていただいたこともありますが、建付けが悪く隙間風が吹き込んでいたことを思い出されます。。

いち地方議員という立場でありますが、今後も復興支援のために尽力をしていく次第です。

https://twitter.com/Yahoo_JAPAN_PR/status/972487284355317760

 

なお、本日中に「3.11」と検索されると、10円が寄付される企画も行なわれています。

まだまだできることを、少しずつ!ということで、皆さまもぜひ検索されてみてはいかがでしょうか。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は東京都議会議員、おときた駿氏(北区選出、かがやけ Tokyo)のブログ2018年3月12日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はおときた駿ブログをご覧ください。

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音喜多 駿
東京都議会議員(北区選出)

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