金正恩氏とトランプ氏は似ている

トランプ米大統領は5月にも北朝鮮の金正恩労働党委員長と会談する意向を表明し、注目されている。平昌冬季五輪大会前まで互いに相手を「老いぼれ」とか、「チビデブ」「ロケットマン」といって一国の最高指導者らしくない誹謗中傷合戦を展開させてきたが、ここにきて両指導者は「出来るだけ早急に会いたい」と相互にエールを送る間柄に激変してしまった。米朝間で何が起きたのか。結論からいえば、まだ何も起きていない。

▲文在寅大統領、訪韓中のイバンカ・トランプ大統領補佐官を夕食会に招待(2018年2月23日、韓国大統領府公式サイトから)

▲文在寅大統領、訪韓中のイバンカ・トランプ大統領補佐官を夕食会に招待(2018年2月23日、韓国大統領府公式サイトから)

メディアの一部では、「金委員長は戦略的に政策を変更した」と受け取られているが、対話は始まっていない段階で、政策の変更云々は文字通り、時期尚早だろう。

ただし、間違っていても、何らかの説明があれば、人は安堵する。分からないことに対し、インターネット時代に生きる現代人はもはや忍耐力を失ってしまったのだろう。

トランプ大統領の場合、口の悪いメディアから「とうとう認知症の初期症候か」といった辛辣な論評が見られる。トランプ氏の場合、発言がコロコロ変わるのは今回が初めてではない。心配な点は、トランプ大統領が「北が約束を守ると信じている」といったコメントを既に配信し、米朝首脳会談の見通しでは超楽天的であることだ。トランプ氏の数少ない友人の一人、安倍晋三首相でなくても、米国まで飛び、直々に忠告したくなる。

北の非核化問題の場合、北が寧辺の核関連施設を全て破壊した後、真剣に考え出しても遅くはないだろう。北の核関連施設が機能している時、北が非核化を表明したとしても、それをそのまま受け取る必要はまったくない。そんなことはもう止めよう。平壌から非核化の意思表明が届いた時、「ああ、そうですか」と生返事をして受け流したらいいだろう。この姿勢こそ「過去から学ぶ」ことにも通じるはずだ。

話は飛ぶ。当方のPCの画面に訪朝した韓国大統領特使団の団長・鄭義溶大統領府国家安保室長と金正恩氏が握手している写真が写っている。金正恩氏の後ろに小柄の妹・金与正党第1副部長が写っている。

その写真を見ながら、「金正恩氏は妹の与正さんと一緒に仕事をしてるのだな。そういえば、トランプ大統領にもイバンカさんら家族がホワイトハウス入りし、大統領を補佐している。歴史上初の米朝首脳会談は金王朝とトランプ王国の両ファミリーの会合でもあるわけだ」という思いがきた。

ところで、独裁者や指導者が家族や親族を政府の要職に登用する時、独裁者や指導者の権力基盤は決して強固ではなく、むしろ脆弱な状況であることが多い。金正恩氏もトランプ氏も心から信頼できる側近がほとんどいない。金正恩氏は叔父を粛清し、軍幹部たちを次々と左遷し、処刑している。トランプ氏の場合も大統領選で共に戦った側近が1人、2人とホワイトハウスから去っていった。心を許せる側近のいない金正恩氏もトランプ氏も親族を動員してその空白を埋めているわけだ。

トランプ大統領は昨年、「いつかは金正恩氏と友達になれるかもしれない」とツイッターで呟き、大きな話題となった。年齢の差はあるが、両者を取り巻く環境はある意味で良く似ている(「トランプ氏と金正恩氏の“友人”探し」(2017年11月14日参考)。

当方の推測だが、両者とも孤独な指導者だ。金正恩氏には心の世界をケアしてくれる信頼のできる友が必要だ。一方、ワイルドな資本主義社会の勝利者のように振舞っているトランプ氏にも満たされない心の空白を埋めてくれる賢者が必要だろう。

現実の世界に戻る。安倍首相は南北首脳会談前に訪米し、トランプ大統領と会談するという。トランプ氏が北の非核化表明を鵜呑みにし、米国ファーストを前面に出し、米本土に届かない弾頭ミサイルの開発と初歩的核兵器の温存を容認するような約束をしないように、釘を刺さなければならないからだ。

孤独な指導者トランプ氏が息子のような年齢の独裁者金正恩氏に同情したり、連帯感を持ったりはしないだろうが、何が起きるか分からないのが世の常だ。日本を飛び越えて、朝鮮半島の安保問題がこの両者と韓国の文在寅大統領によって管理されるような最悪のシナリオは回避されなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。