「プロ」について考える

2018年03月19日 06:00

ビジュアルについて家族と友人から猛ダメ出しをされ。そのうち一人はNY在住のアーチスト。「そろそろスタイリストをつけろ」と言われた。そうか。特に新しいメガネとジャケットについて厳しいご意見を頂き。実はテイストが違うので、整合性がないと。そうか。昔からこう見えてファッションは大好きで。ついつい服を買ってしまうし、髪型も色もよく変える。だから、パブリック・イメージがブレてしまう。

それって「プロ」としてどうなのかという話にもなる。「プロ」であるがゆえに、期待には応えなくてはならないわけで。信頼されるかどうか、という。ただ、その際の根本的な問題は、自分が何のプロであるのかという点が、ぶれまくっているのではないかということだ。特にこの2年くらいは学術的なことはそっちのけで、評論活動に没頭し。もちろん、それは期待されていることであり、やりたいことであるから熱中したのだけど。政治や経済に対する関心が高まっているのも、政局の関係もあるが、働き方を論じる際に、避けては通れないことであり。一方、この分野については素人すぎるのである。「教える」「人前で話す」ということについては一皮むけたと思うのだが、まだまだだ。

そんな中、BuzzFeedJAPANに中田ヤスタカのインタビューが載っており。
中田ヤスタカが言う「全業界に言える、理想的なプロに必要な力」

メタラーの私だけど、中田ヤスタカの大ファンで。音源もいっぱい持っているし、出演するライブにも何度か行ったことがあり。しかもインタビュアーが嘉島唯。これは読まざるを得ない。普段聴いている音楽だとか、コンテンツに対する考え方だとか、いちいち面白いのだけど、共感したのは、ここ。

本来は、突き抜けた「技」とか「パフォーマンス」に対価が支払われるのがプロだと思うんです。 でも「挑戦」が求められるってことは、音楽自体ではなく、ミュージシャンのいろんな面を見たいという欲求が強いのかもしれませんね。

ミュージシャン自身も、自分のスキルじゃなくて「人間としての人気」に頼りすぎている部分はある気がしていて。かっこいい人が何かに挑戦して奮闘する姿は美しいので、わかるんですけれど。

うん、これ。もちろん、その人間的魅力とか、凄みに関してもお金を払っている部分もあり。ただ、突き抜けた「技」とか「パフォーマンス」。これだな。自分はまだまだこれが足りない。逆に言うと、何にしろ、受け重視というか、キャラ重視の世界になってしまうのかということも考えなくてはならない。



この本でも「仕事にプロの迫力を」と書いたけど、まだまだ自分にはそれが足りない。自分のために自分を磨きますかね。それはきっと誰かの役に立つはずなのだ。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2018年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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