京都大学の軍事研究の否定は「平和的」か単なる情緒か?

2018年04月02日 06:00

京大、軍事研究しません。研究活動は「平和への貢献を目的とする」ハフポスト

本学における研究活動は、社会の安寧と人類の幸福、平和へ貢献することを目的とするものであり、それらを脅かすことに繋がる軍事研究は、これを行わないこととします。

物を考えないで、情緒だけの人たちって気楽だよね、というのがぼくの素直な感想です。

軍事研究の否定=平和というのは小学生レベルの思考です。
大学の教育者としては完全に思考停止しています。

例えば我が国で全く軍事技術を保持しないとしましょう。

その場合、まず考えられるのは外国の軍事技術の格差です。
端的に申せば、敵国がターミネーターのようなロボットで攻めてきて、自衛隊は生身の隊員が圧倒的な不利な状況で戦う、また民間人が虐殺されるようなケースも想像されます。これをよしとするのか。

そして戦争に負けて占領されれば、主権を失います。お大事の「平和憲法」も停止される恐れがあります。
例えば中国に占領されれば、中国と同じように人権が制限されることになるでしょう。
それをよしとするのか。

また自前の技術を持たないことのよって、米国に生命与奪権を握られて属国化します(現状でもそれに近い状態ではありますが)。米国の属国化が進めば、米国によって米国の戦争に「属国」として参加させられることになります。
それをよしとするのか。

無論、現在の世界では兵器市場で多くの兵器が入手可能であり、大抵の兵器はカネさえ積めば調達が可能です。
我が国のように米国製本命を買うのだ、と決めていればボラれますが、複数を競わせれば、高性能なものを安価に調達することも可能です。

ですが、それらの兵器を調達するためには、技術的な目利きが必要であり、それがなければ現実的な調達はできません。その点では実は我が国の研究開発はあまり役にたっているとは言えません。

またそれが可能なのは潤沢な外貨が必要です。国家が十分な外貨を保有していなければ難しくなります。

さて京大のセンセイ方は、我が国は兵器を輸入すればいいのだ、という見解なのか、それとも軍備自体がけしからん、というのでしょうか。

そうであれば我が国政府が外国の「死の商人」を儲けさせてやることを是とするのでしょうか。

そうであれば自衛権を否定し、国家の独立を維持することも否定することになりかねません。
それは「平和憲法」を放棄してもいいということになります。

軍事研究を否定するのであれば、そのあたりのスタンスを明らかにすべきです。
単に嫌いだから嫌だ、ではお子さまです。

また、国家が存続しなくていいのだ、軍事の研究などしないとういうのは私学ならばありだと思います。たとえ多額の補助金を得ているとは言え、民間の法人です。ですが国の機関である京大が果たしてそれでいいのでしょうか。国家の独立や主権なんぞくそ食らえ、というのであれば独法を止めて私学になるべきです。

そのお覚悟はおありでしょうか。

更に申せば、学問の自由には軍事研究をする自由も含んでいるかと思いますが、京大はその自由を圧殺していいと考えているのでしょうか。

京都大は28日、学内で軍事研究は実施しないとする基本方針を策定した。「社会の安寧と人類の幸福、平和を脅かすことにつながる」と理由を説明している。個別の事案が適切かどうかは、学長が常設する委員会で審議する。(出典:京都大:「平和脅かす」 軍事研究せず 基本方針 – 毎日新聞

とはいうものの、学長や主流派に逆らって、軍事研究をしようという学者がどれだけいるでしょうか。安倍政権を忖度する官僚とおなじような態度を皆さんとるんじゃないでしょうか。

更に申せば、大学の成果というのは研究だけではなく、卒業生も含まれるわけです。京大から防衛省や自衛隊に進んでいる人も少なくないと思います。少なくとも局長クラスまではいるわけです。防衛産業も同じです。

軍事研究を否定するのであれば、卒業生の就職も制限すべきではないでしょうか。あるいは入学に際して、防衛関連の就職しないという、念書でも取ってはどうでしょう。もし防衛関連に就職するならば学位は取り上げる、とですればいいでしょう。無論これは憲法に抵触する恐れ大ですが、成果物を軍事利用させない、という主義であるならばそこまでやるべきです。

更に申せば、理学や工学以外でも軍事に転用できない学問は殆どありません。心理学、文学、医学、歴史、社会学あらゆる学問は軍事に応用や利用が可能です。であれば、学問を軍事利用させないというのであれば、学問自体をやめないといけないでしょう。

更にはどんな科学技術の研究が軍事に転用されるか分かりません。

アインシュタインだって相対性理論が核兵器を作るために、利用されるとは思ってもいなかったでしょう。

例えば、小銃を多少改良する程度の技術と、核兵器開発に役立つ相対性理論のような研究はどちらが人類にとって影響が大きいでしょうか。

多くの発明、発見は当事者が予想もされない形で軍事利用されることが多々あります。そのような軍事利用をどうやって防ぐのでしょうか。

これらの疑問に果たして京大が答えられるか大変疑問です。
軍事研究を否定=平和主義というのであれば、お子さまレベルの正義感しかないと思います。

ざっくりいわせてもらえば、そこいらの一山いくらの平和運動屋さんたちの同じレベルです
旧帝大のお偉いいセンセイ方の所業ではありません。

別に軍事研究を否定すること自体を否定するつもりはありません。ただそれにリーズナブルな哲学と、明確な指針、そして断固たる覚悟があればですが、残念ながら京大にはそれがないように見受けられます。

■本日の市ヶ谷の噂■
飛行停止中のOH-1が全機飛行可能になるのは、エンジンの改善が終了後、9年は掛かる、それはMHIとKHIの能力の問題、装備庁が見積もっているとの噂。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2018年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。

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清谷 信一
軍事ジャーナリスト、作家

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