早稲田が入試改革!数学できない文系が名門私大にパージされる時代

2018年06月10日 06:00

早稲田大学が7日、入試改革を発表した。特に看板である政治経済学部の2021年度からの新しい入試内容に、数学(数学Ⅰ・数学A)が必須科目に入ったことが注目を集めている。すでにツイッター上では…

という指摘があるように、東大落第組の受け皿としての機能を明確化し、学部の充実化に向けた改革の一環という狙いがあるのかもしれない。とはいえ、文系科目だけで勝負する私大文系専願組には「悲報」だ。再びツイッターをみてみると……

と言った具合に、嘆く声が相次いでいる。私も私大文系専願で、英語・国語・世界史の3科目受験で早慶上智や明治などを受けた身だけに、もし自分がいま受験生だったらと思うと彼らの気持ちは十二分にわかる。

現行入試で可能だった「学歴ロンダリング」

一方で、文系科目のみを対象にした現行の入試制度は、高校の数学の授業やテストは落第ぎりぎりのような人でも合格できる可能性があるし、実際にそういう人は多かった。極論すれば、いわゆる「底辺校」と呼ばれるような、大学進学者の少ない高校に通っている“弱者”であっても、暗記主体の文系科目を猛勉強して成績をアップさせて、大学受験では早稲田などのブランド校に合格する「逆転人生」「学歴ロンダリング」を勝ち取ることも可能だった。

実際、私が早稲田に入ってみると、ごくたまにだが、麻布や灘、ラ・サールなどの名門私立高や、地方の名門県立高校の出身者に混じって、高校入試の偏差値で40台の、“底辺校”出身者が散見されたりした。今回は詳しくは書かないが、恥ずかしいことに、中学生時点で落第生だった私自身もそこまでではないが、通った都内の私立高校は東京六大学に長年合格者を出していなかった。

私の場合は、高校入試で失敗した悔しさから一念発起して、通った予備校で出会った凄腕講師との出会いもあって、1浪で早稲田の法学部に受かったが、文系科目の学力が飛躍的に上がった一方で、子ども時代から算数が苦手だった数学のレベルは低空飛行したままだった。それも、いま思えば何かの学習障害かもしれないと思うほどの酷いアンバランスだった。四半世紀たった今でも忘れないのは、高校1年の終盤、全校で受けた学研のテストで、数学は0点だったのに、国語と英語の合計点だけで3科目の校内順位が2位だったこともある。

数学ができない…「学力の剥落」が招く弊害とは?

かつては、従来の私大文系の入試制度について、自分が「学歴ロンダリング」の恩恵を蒙ったこともあって、一発逆転できることに好意的だったが、4年前、ある仕事がきっかけでそういう自分の考えがいかにセコくて浅はかだったと反省した。参院選のスタッフだったご縁で、民主党政権で文科副大臣を務めた鈴木寛氏(現文科大臣補佐官、東大・慶大教授)のダイヤモンドオンラインの連載の編集構成を担当した際に、「私大文系の知識偏重と数学なしが問題」という題材を扱った。

このコラムは、工業型社会から情報化社会に時流がシフトしていく中で、日本の大学入試がマークシート試験対応の知識偏重型から、思考力、知識の運用能力を試す記述型導入に変わるべきと持論を述べたものだ。そしてこれまでの入試の弊害例として、私大文系型の入試を取り上げ、早稲田の入試科目で世界史のマニアックな知識を問うことなどを指摘。「知識偏重入試の象徴」「知識詰め込み勉強はまさに苦行」などと苦言を呈した。

その際、早稲田的な私大文系入試を突破する学生について、鈴木氏は長年の大学での学生たちの指導経験から「学力が剥落している」と指摘したことに私は強烈にショックを受けた。高校時代に数学の勉強がおざなりになっている学生の特徴として、論理的思考力が弱くて論文などで論理の飛躍がみられるという。マークシート型の入試がメインだった人は本の読み方も「検索型」で、「固有名詞などの情報を拾って何が掲載されているかは分かるが、文面の背景にあるキーメッセージやコンテクストを読み取れない」(記事より)。

特にそういう傾向のある社会人として、鈴木氏が挙げたのが新聞記者だったこともまた余計にショックだった(苦笑)指摘されたように、取材で十分に思考せずにすぐにわかりやすさやキーポイントを相手に要求する人が多いのも事実。ちなみに先述の“底辺校”から早稲田を経て全国紙に入った記者を知っている。

このとき、指摘されたことは私自身の弱点としても思い当たる節は正直あった。

そこからは、日々の読書もクリティカルシンキングで読むように注意したり、エクセルで自分の事業の売り上げやキャッシュの予測表をつくるような数字に触れる機会を増やしてみたりと、ちょっとばかりは意識を変えた。それでも所詮、アラフォーの気づきでは手遅れだ。いまでもロジカルに話をできたり、小難しいデータを鮮やかな分析する人たちにコンプレックスは抱いていて、学力の極端なアンバランスを放置してきた思春期を猛省している。

早稲田の改革に隔世の感を覚える理由

ちなみに、鈴木氏のコラムに対する早稲田側の反発はものすごかった。このコラムの続編で、早稲田が知識偏重型に固執する背景として、マークシート方式のほうが受験生が受けやすく、大学の経営に直結している実情を指摘。ライバルの慶応が、記述式を導入して受験生が減っても潤沢な寄付収入があることとの「比較」を持ち出したところ、早稲田側から数字の細かい内容についてダイヤモンドオンライン編集部を通じて猛烈な抗議を受けたこともあった(指摘を受けて当該部分は修正した)。

ただ、(これは想像だが)いま思えば、ある種の「揚げ足取り」で、早稲田の入試の問題点の核心を突かれ、つい「感情的」になったのではないか。

そこからすれば、今回の入試改革案で政治経済学部の須賀晃一学部長が「基礎的な力と同時に、論理的思考力を身につけた学生に来てもらいたい」(朝日記事より)と述べたことはかなりの変化だ。なにより、朝日の記事によれば、「出願の際に受験生が自ら、主体性や多様性、協働性などに関する経験をまとめた文章を記入することを、全学部の要件とする」というから(太字は筆者)、結局、早稲田が4年経って、鈴木氏が主導する入試改革の流れに大きくシフトしたことに驚きも禁じ得ず、隔世の感がある。

事は早稲田だけではない。私大文系型入試の「権化」ともいえる早稲田がここまで大胆な改革に乗り出したことで、当然、明治など他大にも影響が広がる可能性もある。長期的なトレンドは、数学を捨てて丸暗記型の文系科目の受験勉強で頑張る人は、有名私大に「パージ」されるリスク含みとなる。

“底辺校”の文系生徒には、人生の一発逆転と学歴ロンダリングを狙うやり方は通じなくなりつつある。それは辛いことだが、自分の体験でいえば、変化に飛んだ時代を生き抜く上で、不易な本質を見抜き、ロジカルな思考があったほうが次の変化に備えられるのではないか。

そして私のように、すでに社会に出ている「私大文系型」の人たちにとっても、今回のニュースは自省を促す契機としたいところだ。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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