なぜ教員は嫌われるのか:いじめ隠ぺいから考える

2018年06月11日 06:00

ニコニコニュースより

教員は、働かないから嫌われるのでしょうか。否、いま時分の教員は、民間企業よりも働いている面もあります(拘束時間に関しては)。
公務員であって労働者ではないので、労基署が関知しませんし、他の公務員とちがってみなし残業代なので際限なく働かされるといった事情もあります。けっして働いていないわけではないのです。

では、なぜ教員は嫌われるのでしょうか。

神戸市教委が聴取メモ隠蔽を指示

先日、神戸・中3自殺「事務処理が煩雑になる」市教委が聴取メモ隠蔽を指示という事件がありました。これはひどい事件ですが、学校・・・にかぎらず、大きな組織に関係する人にとっては、心当たりがあるのではないでしょうか。

この出来事からもわかるように、組織が大きくなりすぎると、組織内の論理が優先し、外部から見るとトンデモな判断が出てくる場合が多々あります。

終身雇用ゆえの内部への慮りが、外部からの声を遮断するのです。

銀行が嫌われてしまうのも、暴利をむさぼっているからはなく、「あなたのチャレンジ応援します」とか言っておきながら、まったく顧客視点がないことが嫌われているという点で一致していると思います。

教委への保護者からのクレームの教員の受け止め方

卑近な事例ですが、わたしが勤めていた学校のあるクラスでは、教員が給食の残菜ゼロを目指すため、食べ終わらない子供たちに、昼休みになっても食べさせていました。子供たちは泣いていたそうです。それで後日、保護者から教育委員会にクレームの電話がはいってしまいました。

このトラブルは、職員会議で共有されたので、わたしは当の教員に「たいへんだったね」と声をかけました。返ってきた言葉をわたしは今でも覚えています。「栄養教諭が自分の対応を問題ないと言っているから(自分の行動は)問題ない」でした。この若い教員の言葉には、保護者への怒りすらにじんでいました。

学校組織の行動規範

お客さん(この場合は保護者)の「無理やり食べさせるな」というクレームより、「残菜を残すな」という社内(この場合は学校内部)からの批判がなされなかったことを「よし」とする「常識」があります。
内部の理屈がとおればいいのか、クレームはともかく、お客さんとのコミュニケーションがとれていなかったこととかを反省しないのか・・・とへんに感心してしまった記憶があります(教員は保護者とコミュニケーションをとろうとする「営業」意識はきわめて乏しいのです)。

このように、学校は内部の視点に偏りがちになります。

教育方針も内輪受けで決まる

教育方針もそうです。あくまで内輪の妄想みたいなものが、肥大化していって、それが教育目標になります。文科省しかり、教委しかり、学校現場しかり。実社会で必要とされているかどうかは中の人は考えたこともありません。まるで、日本企業が世界で通用しなくなったような姿と重なりますが、日本企業が通用しなくなった理由はもう少し複雑な気がします。日本の教育が世界に通用したことがあるのかどうかわからないので、昔から変わらない光景なのでしょう。

このように大きな問題だといじめの隠ぺいや独りよがりな教育目標の設定、小さな問題ではこのような給食のトラブルといった独善性がつみかさなって、教員は嫌われていくのでした。

みなさんの会社は、外にむかってしっかりと開かれていて、思い当たるフシがないとよいのですが。

中沢 良平(元小学校教諭)

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