ルーシー・クレハン著「日本の15歳はなぜ学力が高いのか?」。
原題「賢い国:世界の教育力、成功の秘訣」。原題のほうがうんといい。
ロンドン貧困地区の女性中学教師が、OECD学力調査PISAの上位地である日本、フィンランド、シンガポール、上海、カナダに滞在して学校を観察、膨大な研究成果も踏まえての教育論です。
日本の学校に関しては、中学の理不尽な規制=我慢の重視や、学校が勉強だけでなく人格形成の場となっていることを注視。
班・学級など集団の責任が重く、個人指導もグループ内に多くが委ねられ、それが独創性を損ねていると指摘します。
教員の人事制度、母親の勉強への関与、塾の存在にも踏み込む分析です。
先生方が授業を視察・共有する、能力評価ではない研修・改良法としての「授業研究」に着目している点は鋭い。
海外の教員の修士号取得や免許更新に対応する自律システムです。
同時に、日本の先生方は米英に比べ時間にゆとりがあり、それは学級人数が「多い」からできる、という分析は新鮮でした。
教育先進国とされるシンガポールは教育階級社会と競争圧迫の歪みが生じていること、フィンランドは未就学児には遊ばせるメリットを重視して勉強を「させない」ことなど、他地域の教育事情も日本に照らす意味で参考になります。
筆者は5地域の教育分析を母国・イギリスの教育に適用するに当たり、「何がうまくいくかわからない」と結論づけます。
教育はその地の歴史、文化、社会、政治などに依拠する部分も多く、唯一解はないことを認識しておくのは大切だとぼくも思います。
一方、幼児教育が重要、教師をしかと処遇すべき、といった提言にも同意します。
なお、この本には、PCやネットなどテクノロジーが学校教育にどのような役割を果たし、どう変化させつつあるのかについて記述がありませんでした。
いま世界の教育に最も影響を与えるのはITであり、その視点を外すことはできない。
これは教育関係者に改めてぜひその国際フィールド分析をしていただきたい。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年7月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。