米中覇権戦争①習近平はやりすぎた。トランプは混乱している

松川 るい

中新聞より:編集部

国際場裏ではこの2週間弱の間に様々な重要な動きがあった。7月6日に米中は本格的に貿易戦争に突入。5、6日にポンペオ米国務長官が訪朝。最大の要注目点は、米中の覇権争いの趨勢だ。私が今気になっているのは、なんと言ってもこれら一連の事案に加え米ロ首脳会談(7月14日)とそれに先立つNATO首脳会議(11日から12日)で、米国が失ったものについて、である。

1. 習近平はやりすぎた。

米中貿易戦争はただの貿易上の争いではなく、米中の覇権争いであるということについては、前回の7日のブログに書いた(『米中覇権争い突入と朝鮮半島情勢(七夕の日に思う)』)。

国家には本能がある。米中間の覇権争いは、たとえば、19世紀末からのドイツの台頭を大英帝国が退けた覇権争い(別の複雑な要因も絡みあい第一次世界大戦になった)や17世紀に英国がオランダの経済的繁栄に嫉妬して英蘭戦争でオランダを蹴落とした際に見られた典型的な覇権国と挑戦国との間の争いの場合と本質は同じだ。(もっとも、米中間の覇権争いは基本的にgeo-economicなもので、軍事的なものに至る可能性は極めて低い。)

英国は、ロシアと仏と手を結ぶことによりドイツの挑戦を退けた。なぜもともと英国の一番のライバルだったフランスと思想的に相いれないロシアが対ドイツ戦で英国に協力したかといえば、仏ロ含め周囲の国はドイツの急激な台頭に警戒心を募らせていたからだ。意図に関わらず、ある国が急激に経済的、軍事的に台頭してくれば、その「事実」が周辺国の警戒心を招くものだ。ジャパン・アズ・ナンバーワンなどと言われていた時の日本(同盟国なのに!)がいかに米国の警戒感を呼んだか思い出してみればわかる。

中国の経済的、軍事的台頭は、これらの過去の歴史の例の比にならないぐらい急激で大きく、単に、GDPで2030年までに米国を凌駕するというだけでなく、AI、ビッグデータ時代のテクノロジーにおいて米国を凌駕しかねないところまで来た(しかも米国からの知財盗用も踏み台にして)。

しかも、胡錦涛政権まで上手く強大化しながらも国際社会の警戒心を呼び起こさないように韜光養晦(とうこうようかい)で上手くやってきたのに、なんと、習近平国家主席は昨年の共産党大会において、中国型統治モデルは(欧米型民主主義より)優れているとした上で、2049年までに米国を凌駕する世界覇権国になるという意図を宣言してしまった(そのために科学技術テクノロジーに精力を傾注する)。これが、米国の生存本能を刺激してしまったのだ。

だから、中国とのテクノロジー競争において米国が負けない状況を作り出すまで中国をやり込めなければならないという1点については、トランプ大統領の個人的な思い入れなどではなく、米国の支配層に相当のコンセンサスがある。だからそう簡単に収束しない。そして、過去の歴史でもそうだったように、自分も損をするが相手の方がより大きなダメージを被るならそれで構わないのだ。目的は相手を倒すことであり、自分が利益を得ることではないのだから。

習近平が共産党大会で強国化宣言をしたのは、もはや、米国が中国の意図に気づいたとしても中国の優勢を変えることはできないぐらい中国は強大になったと過信したのだろうか、または、国内ばかり見ていてChina2049宣言が国際社会にどういう反応を引き起こすか無関心だったのか、両方だろうが、その後の展開を見れば、中国にとっては得策ではなかったことは明らかだ。まだまだ米国の方が強い。習近平はやりすぎたのだ。米国との間で平穏な状況を続けることができれば、時間は中国に味方していたのに。自ら、最大のライバルからの攻撃を招き、中国の天下への道を険しく困難にしてしまった。習近平は、軌道修正を図っているようだが、今更、どの程度修正できるのかよくわからない。

なお、国家間関係とは別に、深圳とシリコンバレーの関係をみればウィンウィンであり、米中貿易戦争は、まさに米中の双方の企業にとって踏んだり蹴ったりではないかと思う。

2.トランプは混乱している。

他方で、トランプ大統領も、もしも中国との覇権争いで勝つことを目的としているとすれば、戦略的な間違いを犯し続けており、正しい政策とその正しい政策を相殺してしまう間違った行動を同時並行的にとっており、一言でいえば、混乱しているとしかいいようがない。

まず、中国の知財侵害の問題は、米国のみならず欧州や日本も同調できる「正しい」問題であったのに、同盟国や欧州諸国やはてはカナダまで、本来、本当に中国と対峙するなら真っ先に味方につけておくべき友好国や同盟国に対して見境なく関税をかけるやり口は、どう考えても米国の戦略として間違っている。これは、とにかく「不当な」貿易赤字を減らしたいというトランプ大統領個人の考えによるものだろう。米国内でも批判は多い。台湾重視に舵を切り、台湾との高位レベルの政府交流を可能としたことも評価したい。ロシアとの関係改善もそれ自体は、もしも正しく追及すれば、米国や同盟国の国益にかなう大きな戦略的行動である(前のブログ参照)。

本来は、主敵ドイツと戦うために大英帝国が仏とロシアと手を組んだように、米国がやるべきことは、欧州、日本などの同盟国・友好国の支持を固め、さらにその他の国々も米国を支持するような政策をとり、中国を孤立化させるべきなのだ。ところが、今、国際社会で起きている最大の変化は、米国が保護主義に走り敵味方の区別なくWTOに反した高関税をかけ、NATOや韓国に対して防衛費増額を強硬に迫り、結果的に、米国が孤立化するという笑えない状況を作り出している。中国は、自由貿易の擁護のためEUと協力したいと言っている。日EU・EPA、TPP、RCEPと、米国抜きのFTAがどんどん成立又はその途上にある。

米国の最大の財産(asset)は、同盟国でなくとも、「米国がそういうなら」と多くの国に自然かつ自発的に米国に従わせてきた、そのリーダーシップにあった。今、米国の「自然なリーダーシップ」が失われつつある。なぜ、最大のアセットを自ら放棄するのか。その先はあるのか。米国自身が作ってきた既存の国際秩序を変更しているのは、中国だけではない。米国もだ。

NATO首脳会議では、加盟国(特に、ドイツ)に2%の防衛費増額を要求し、ロシアとのガスパイプラインについてロシア依存とドイツを非難し、その後の米ロ首脳会談では、何の成果もない中で、ロシアによる米国の選挙介入に対してプーチンの言葉をうのみにしたかと思うと翌日に翻すといったこともあり、トランプ式の首脳外交の危うさを改めて印象付けてしまったように思う。

結果的に、意義のない米ロ関係の改善パフォーマンスは、米欧関係を悪くしてロシアを利するだけになってしまうだろうし、ロシアの米国選挙介入疑惑に対する対応については、米国内で共和党まで含め大ブーイング。今回の準備不足甚だしい米ロ首脳会談をみるにつけ、米朝首脳会談もそのようなものであったのではないかという疑いも生じるわけで、トランプ外交に対する信認が一層下がってしまったという意味でも失ったものは小さくないと思う。トランプ大統領のターゲット自体は結構正しい。でも、おそらく外交官や専門家を信用活用しないせいで、やり方が稚拙なのと、正しくない目標も一緒くたに追求してしまうことで台無しになっているように思う。

習近平はやりすぎた。でも、トランプも混乱している。

(それでは、この後はどうなるのか、日本はどうすれば良いのか、朝鮮半島はなどなど、続きはその2で。)


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏の公式ブログ 2018年7月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。