ウィーン市は「世界一」住みやすいか

2018年08月16日 11:30

シェーンブルン宮殿(ウイーン市観光局提供)

「ウィーン市が世界で最も住みやすい都市に選ばれた」というニュースが飛び込んできた。40年余りウィーンに住んでいる当方は「へェー」と叫んだ後、「自分はひょとしたら世界で最も住みやすい都市に住む、世界で最も幸せな人間の一人ということになる」と考えた。

英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、オーストリアの首都ウィーン市が「2018年版第1位」の名誉を獲得したのだ。前年まで7年連続首位だったオーストラリアのメルボルンを抜いた。もちろん、ウィーン市にとって初の快挙だ。14日夜のニュース番組で早速、ロンドン発の「ウィーンは1番」のニュースを報じていた。

英BBCによると、「調査は世界140都市について、政治的安定性、社会的安定性、犯罪、教育、健康医療制度の利用しやすさなどの項目を評価し、順位付けした」というから、少なくともランキングはシリアスに行われたのだろう。ロクサナ・スラブチェバ調査担当編集長は「ウィーンが首位を獲得したのは、治安の改善」を反映した結果という。

そこでエコノミスト誌とは別に、少し独自のファクトチェックを試みた。

まず、「治安問題」だ。確かに、オーストリア連邦犯罪局(BK)が先日公表した「2018年上半期犯罪統計」を見る限り、年々犯罪件数は減少傾向にある。オーストリア全土で今年上半期、22万8887件の犯罪認知件数があったが、前年同期比で約10%減少した。音楽の都ウィーンでは今年上半期、犯罪認知件数は8万2573件で前年同期9万6825件でマイナス14.7%と記録的な減少だ。暴力犯罪件数は7958件から7062件と11%減少した。犯罪統計を見る限りでは、「治安は改善した」という評価は当たっているが、殺人件数は今年上半期では17件で前年同期12件を大きく上回っている。エコノミスト誌は犯罪総件数の増減を重視し、個々の犯罪の詳細な動向については敢えて考慮しなかったのかもしれない。

パリやロンドンなど欧州のメトロポールではイスラム系テロ事件が過去、頻繁に発生したが、ウィーンでは1985年以降起きていない。ウィーン市は世界的な観光地であると共に、国連、石油輸出国機構(OPEC)、欧州安全保障協力機構(OSCE)など30を超える国際組織の本部、ないしは事務局がある国際都市だ。

ちなみに、ウィーンで過去3度、大きなテロ事件が発生した。テロリスト、カルロスが率いるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が1975年12月、ウィーンで開催中のOPEC会合を襲撃、2人を殺害、閣僚たちを人質にした。81年8月にはウィーン市シナゴーグ襲撃事件、そして85年にはウィーン空港で無差別銃乱射事件が起きた。それ以降、ウィーンを舞台とした大きなテロ事件は生じていない。この点はランキング評価で大きなプラス得点となったはずだ。

次は「政治的安定」だ。オーストリアでは昨年、クルツ連立政権が発足した。中道保守政党「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権だ。欧州連合(EU)の本部ブリュッセルは、EU統合に懐疑的な自由党が参加したクルツ政権に対し批判的だったが、自由党側が「EU離脱は考えていない」と宣言する一方、ネオナチ的な言動からイスラエルとの関係が難しかったが、シュトラーヒェ党首(副首相)自らイスラエルを訪問し、イスラエルとの関係改善に乗り出している。

国民党と自由党の連立政権だったシュッセル政権が発足した2000年のようなオーストリア排斥の動きはEU加盟国では見られない。2015年の中東・北アフリカからの難民・移民の殺到で混乱する欧州の政界の中でクルツ首相は厳格な難民・移民管理を主導し、国境の閉鎖などを他の加盟国に先駆けて実施することで、EU加盟国のクルツ政権への評価は高まったことは事実だ。

最後に「社会的安定」だ。ウィーン市議会は戦後から今日まで社会民主党(社会党)が第1党を堅持し、手厚い社会関連政策を実施し、市民から支持を得てきた。難民問題では国民党・自由党の連邦政府の対策とは異なり、積極的に難民受け入れを実施してきた。2020年に予定されているウィーン市議会選を待たなければならないが、与党・社民党が後退するようなことがあれば、ウィーン市だけではなく、オーストリアの政界が大きく揺れ動くことは十分予想できる。

外国人率25%のスイスの都市ほどではないが、外国人急増で外国人憎悪、イスラム憎悪などフォビア現象がウィーン社会一般に広がる危険性は排除できない。

以上、主要な3点の分野のファクトチェックをしてみた。エコノミスト誌EIUの「ウィーン市1番」の評価はほぼ妥当だろう。「世界で最も住みやすい都市」ウィーン市を一目体験しようと観光客がさらに増え、市の観光収入は飛躍的に増加するかもしれない。

ただし、観光客が増えれば、ウィーン市は益々喧噪となることは間違いない。エコノミスト誌の「世界で最も住みやすい都市」のタイトルはその都市に住む市民にとって本当に「住みやすい都市」であるかは別問題だ。

フランスの作家、ロマン・ロラン(1866~1944年)は「ベートーヴェンの生涯」の中で、「ウィーンは軽佻な街だ」と書いていた。その評価は100年以上前のものだが、当方は不思議と「そうだよな」といった共感を覚えてしまうのだ。長く住んでいてもウィーンは当方にとってやはり異郷の町なのかもしれない。

2018年版「世界で最も住みやすい都市ベスト10」

1位 ウィーン(オーストリア)
2位 メルボルン(オーストラリア)
3位 大阪(日本)
4位 カルガリー(カナダ)
5位 シドニー(オーストラリア)
6位 バンクーバー(カナダ)
7位 東京(日本)
8位 トロント(カナダ)
9位 コペンハーゲン(デンマーク)
10位 アデレード(オーストラリア)

※英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」(EIU)作成


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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