保険はないほうがいい

2018年09月11日 11:30

自動車保険では、事故が減る方向に機能することが顧客の利益だから、その設計においては、事故率を低下させるべく、自助努力を促す契機を含めなくてはならない。実際、事故実績によって保険料が算定されるので、安全運転が保険料の低下につながって顧客と社会の利益になるようにできている。その極、自動運転等の技術革新により、事故のない社会が実現すれば、自動車保険は不要になる。不要になることが自動車保険の進化である。

こうして、保険の真の機能は、金融としての保険機能そのものにあるのではなく、保険機能を通じて、付保対象の事故を減らすことにあるのだから、顧客本位を徹底すれば、保険の高度化は、必然的に、保険の無用化を志向せざるを得ない。この逆説こそ、保険の本質なのである。

保険一般について、火災、盗難、疾病等の付保対象事故が起きたときは、その速やかな事後処理が中心の問題であって、保険の金融機能としての金銭補償は付随的なことだし、更にいえば、事後処理よりも、事前予防こそ、根源的な問題なのである。要は、医療保障よりも、健康増進なのである。

保険は、実損填補を金銭により行うので金融の領域にみえるが、事故処理支援にこそ付加価値があり、また、実損を直接的に物品等によって填補できることを考えるならば、金融機能でないともいえる。むしろ、金銭補償をなくす方向に、即ち、保険の金融機能の消滅の方向に真の保険の社会的機能があるのだ。

生命保険の死亡保障は、契約者本人にとっては、全く不要である。不要も何も、そもそも、保険が機能するときには死亡しているのだから、全く関係がないのである。もちろん、死亡保障は、死後もなお負う他者に対する債務の履行が目的だが、その目的さえ果たされれば、生命保険は不要になる。

例えば、金融負債については、契約時に、融資残高と同じ保障額の保険を付すことで、死亡時には、債務残高を消し去ることができる。これは、住宅ローン等で広く利用されている制度だが、この保険は、融資契約に付随してはじめて意味をもつものであって、単独では保険としてなりたっていない。逆に、金融負債以外に他者に対する債務がないのなら、独立した生命保険は不要だということである。

家族がある場合には、遺族に対する家計の責任者としての責務が残る。実際、この責務の履行が生命保険の最大の目的なのだが、大家族制度だったら、大きな家族内の家計の相互扶助により、目的は果たされる。また、大家族でなくとも、配偶者の就労によって、目的が果たされる場合も多い。

生命保険は、こうして、社会の構造に応じて、真の需要が規定されるのだから、保険会社の立場で、生命保険先にありきで販売することはできない。死亡保障需要の変化のなかで、なおも需要の拡大を想定した事業戦略をとれば、保険という名の貯蓄商品の販売等、本来の保険機能からの逸脱が不可避になっていき、もはや保険の必要性よりも、不必要性が目立つことになるわけである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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