「ケムニッツ暴動」巡る不可解な混乱

独東部ザクセン州の第3の都市、ケムニッツ市(Chemnitz)で先月26日、35歳のドイツ人男性が2人の難民(イラク出身とシリア出身)にナイフで殺害されたことが発端となって、極右過激派、ネオナチ、フーリガン(Kaotic Chemnitz)が外国人、難民・移民排斥を訴え、路上で外国人を襲撃するなど暴動を起こし、それを批判する極左グループと衝突。今月1日には18人が負傷した。

ケムニッツ市の暴動で難民への襲撃はなかったと主張する独連邦憲法擁護庁ハンス=ゲオルク・マーセン長官(ウィキぺディアから)

興味深い点は、ケムニッツ市の暴動をめぐって不確かな情報が流れ、状況の正確な掌握を困難にさせていることだ。以下、例を挙げて説明する。

①ゼ―ホーファー内相は9日夜、ドイツ公営放送ARDの中で、独連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス=ゲオルク・マーセン(Hans-Georg Maasen) 長官に10日までにケムニッツ市の暴動に関する長官発言の理由について説明を求めた。

同長官は今月7日、日刊紙ビルトで「ケムニッツ市の暴動を撮影したビデオを分析した結果、極右派が外国人や難民を襲撃した確かな証拠は見つからなかった」と述べ、極右派が難民を襲撃しているところを映したビデオに対しても、その信頼性に疑いを投げかけた。ドイツで事件当日、「極右派が外国人や難民を襲撃した」、「一部でリンチが行われた」といった情報が流れたが、長官の発言はそれを完全に否定するものだ。

ゼーホーファー内相は、「長官の意見は尊重するが、状況の正確な情報が不可欠だ」と指摘し、長官からの説明を求めたわけだ。ちなみに、極右派のデモ参加者による難民襲撃報道について、ザクセン州のミヒャエル・クレッチマー首相(「キリスト教民主同盟」CDU所属)も暴動直後、BfV長官と同じ意見を述べている。

極右派が路上で難民を襲撃したり、リンチしたか否かは重要な点だ。メルケル首相はケムニッツ市の暴動を聞いた直後、「法治国家で難民を路上で襲撃することは絶対に容認されない」と厳しく批判している。すなわち、極右派の反難民、外国排斥への批判だ。BfV長官が指摘したように、その情報がフェイクとすれば、「誰が流したか」だ。

ゼーホーファー内相はバイエルン州地域政党でメルケル首相が率いる「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)の党首を長い間務めてきた政治家だ。そのバイエル州で来月14日、州議会選挙が実施される。複数の世論調査によれば、極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の躍進、与党CSUの後退が予想されている。AfD活動家が参加したケムニッツ市のデモで難民・外国人襲撃が実際行われたとすれば、AfDへの懸念が出てくる。ゼーホーファー内相がBfV長官の発言の是非に拘るのはそれなりの理由があるわけだ。

ケムニッツ市の暴動で極右派の難民・外国人襲撃ニュースの信頼性が揺れる中、極右派が市内のユダヤ人レストランを襲撃したというニュースが流れた。店のオーナーの証言も報じられていたことから事実だろう。極右派の反ユダヤ主義というニュースだ。

②35歳のドイツ人が2人の難民に殺されたというニュースが流れた時、「ドイツ人は2人の難民の若者に襲撃された女性を救うために殺された」という情報が流れた。35歳のドイツ男性の“殉教死”が事実となれば、極右派は「それ見ろ」と市民を反難民に一層煽ることができる。しかし、「女性を救うために殺された」というニュースは即ネット上から消えた。フェイクニュースだったからだ。

ちなみに、2015年大晦日のケルン市中央駅周辺で多数の難民にドイツの女性たちが集団暴行された事件が起きた。ケルン警察当局は当時、女性たちが暴行されたことを公表せず、事件から4日後になって初めて婦女暴行事件があったことを認めた。ケルン中央駅の集団婦女暴行事件は難民・移民の受け入れを進めてきたメルケル首相にとって大きなダメージを与える事件だった。

ドイツでは2015年、100万人を超える難民・移民が中東・北アフリカから殺到してきたが、難民収容に積極的なメルケル首相と厳格な国境管理を要求するバイエルン州のCSUの間では根本的な政策の違いがある。与党の両政党が対立を繰り返している中、反難民、反イスラムを標榜するAfDが躍進してきたわけだ。

いずれにしても、ケムニッツ市の暴動に対し、メルケル首相、ゼーホーファー内相、そしてBfV長官の3者の間でその受け取り方に違いがあるとすれば、連邦レベルの難民政策は大丈夫だろうか、という不安が出てくる。

ゼーホーファー内相はCSU党内での会合で「難民・移民が(ドイツが直面している)全ての問題の根源だ」と述べている。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。