幻の「自民党支持層」(特別寄稿)

2018年09月22日 06:01

広く報道されたとおり、安倍晋三総理が自民党総裁選挙で石破茂候補を破り、連続3選を果たした。任期は3年。このまま続けば、2019年8月に佐藤栄作を抜いて戦後最長に、同年11月には戦前の桂太郎をも抜く憲政史上、最長の在任期間となる。

自民党総裁選特設サイトより:編集部

改めて具体的な票数を確認しておこう。ともに405票の国会議員票と党員票の計810票のうち、有効票は807票。3票の議員票が白票で無効票となった。ちなみに船田元代議士は記者団に白票を投じたと告白している。結局、安倍総理が議員票329票、党員票224票で、計553票、石破候補が議員票73票、党員票181票で、計254票となった。

先入観を持たず、以上の数字(ダブルスコア)だけを見れば、文句なしの安倍圧勝と評し得る。だが、マスコミ各社はそう報じない。それどころか、こぞって石破候補の「善戦」と報じている。たとえば以下のように。

「計810票のうち、首相は553票を獲得。全体の7割に迫った首相の大勝に見えるが、石破氏が獲得した254票は予想を大きく上回り、石破氏の善戦との見方が党内で広がっている」(9月21日付朝日朝刊・以下同)

八幡和郎教授(徳島文理大学)の指摘を借りよう。

「善戦だったかどうかは、予想より差が小さかったかどうかなど関係ない。ダブルスコアを善戦という日本語はない」(アゴラ)

その通りだが、マスコミ報道の影響力も無視できない。しょせん人間は感情と主観の生き物である。客観的な事実を冷静に踏まえて判断し行動するのは難しい。現実には主観的な判断や感情に左右される。私に言わせれば、客観的な事実がどうか、よりも、それがどう見えているか、のほうが重要である。人間は、よくも悪くも、先入観ないし予断、偏見から自由になれない。

今回の総裁選も、たしかに客観的な数字としてはダブルスコアで終わった。にもかかわらず、大多数の国民に、石破「善戦」と映った。なぜか。NHK以下マスコミ各社がそろって、安倍候補の圧倒的な優勢を報じていたからである。

さらに言えば、当の自民党議員の眼にも「善戦」と映った。「予想以上に石破が取っている。ショックだ」。国会議員たちからはそんな声が上がり、自民党幹部は「地方の反乱だ」とうなだれた(朝日記事)。

朝日新聞は社説で「3選はしたものの 安倍1強の限界明らかだ」と題し、政権を非難した。相変わらずの論説姿勢には共鳴できない。朝日は記事で「憲法改正を強引に進められる政治環境ではなくなっている。党内からは早くも、参院選での苦戦を予想する声が出始めた」とも報じた。

我田引水な表現に多少反発を覚えるが、朝日が報じたように、憲法改正が「さらに視界不良」となった経緯は否定できない。これで憲法典に「自衛隊」とすら明記できない可能性が高まった。公私ともに残念でならない(拙著『誰も知らない憲法9条』新潮新書参照)。

朝日新聞はじめ、多くのマスコミが「永田町と地方の意識のズレが浮き彫りになった」と選挙結果を総括した。ないしは、自社の予想が覆った経緯をそう釈明した。さらに皮肉を言えば、永田町しか取材しないマスコミと地方の意識のズレが浮き彫りになった。

拙稿に、朝日ひとりを批判する意図はない。それどころか、自社の事前予想を裏切った経緯を(間接的な表現ながらも)一面記事で報じた姿勢には好感すら抱く。他方、公共放送(NHK)に、そうした報道姿勢は見られない。安倍政権に批判的なマスコミこそ「正直、公正」であってほしい。

NHK以下マスコミ各社は、先のアメリカ大統領選挙でも直前まで「クリントン優勢」と誤報し続けた。米メディアも例外でない。それが今日に続く「トランプVSメディア」の対立を生んだ。

一世を風靡したベストセラー『フラット化する世界』の著者「トーマス・フリードマンはニューヨークタイムズ紙の花形記者」だった。出版当時それは「ビジネスクラスから見たグローバル経済論」と揶揄された。「きっといいホテルに泊まって、ビジネスクラス以上のフライトで世界を駆け回っているのであろう、でも、そんなことで、本当の世界経済の姿が見えるんですかね、という嫌味」だった(吉崎達彦『気づいたら先頭に立っていた日本経済』新潮新書)。

その「嫌味」は、先のアメリカ大統領選挙にも当てはまる。言わば「ビジネスクラスから見た大統領選」である。メディア自身が「エスタブリッシュメント」化してしまった。だから「ラストベルト」(錆びついた工業地帯)の姿が見えなかった。「置き去りにされ、見捨てられた人々」(トランプ演説)の悩み、苦しみが見えなかった(拙著『安全保障は感情で動く』(文春新書)参照)。

以上の「嫌味」は、日本のマスコミと今回の総裁選にも当てはまる。全マスコミが予測を間違えた。開票直前まで「自民党支持層では安倍氏が優勢」と報じた。だが、「自民党支持層」と自民党員は、似て非なるものである。日本の中心で「安倍支持」を叫んだ連中と、地方で生活する党員とは、似ても似つかない。いくら前者に世論調査を重ねても、実際に党費を納めている党員の票は読めない。

マスコミは(失礼ながら自民党議員の多くも)東京で永田町だけを見ていたから、「地方の反乱」が見えなかった。彼らが調査した「自民党支持層」など、しょせん幻に過ぎない。そういうことではないだろうか。

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潮 匡人
評論家、航空自衛隊OB、アゴラ研究所フェロー

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