停電時に我が病院で起きたこと:泊再稼働で観光業の風評被害を防げ --- 塩見 洋

寄稿

私は元陸自医官で北部方面衛生隊長の後、静岡県の自衛隊富士病院を最後に10年前に退官、その後、北海道三笠市立病院で勤務しております。三笠に決めたのは十勝岳方面の山スキーに遊びに行くのに便利が良いからです。

冬の北海道で停電が起こった場合に凍死者が続出するであろうことは、すでに他の方が書かれているので、付加すべきことのみ記載します。

道央道南の気象条件は、道北道東とは全く異なります。私の住む空知南部でも冬に何度も、交差点に入っても信号が見えないほどの猛吹雪は起きます。しかし1時間待てば大抵は回復します。道北ではそのレベルのブリザードが3日続きます。音威子府より北では、平地でも高い樹木は生えておりません。本州で同じ条件のところは厳冬期の北アルプス以外にはないでしょう。

少数の市街地を除けば、家屋は1kmおきに点在しています。となり同士が助け合う事は吹雪の元では不可能です。車で移動するにしても道路は吹き溜まりが多く、そもそも視界不良で道路を走ってるのか畑を走っているのかさえわかりません。

このような現場の感覚を、おなじ北海道人といっても、道央道南の人たちで共有できている方は少数だろうと思います。

北海道各地で、雪害のために自衛隊から災害救助派遣がかかることはよくあります。道北で救助要請を受けても、本格的な降雪時には、組織的な部隊行動は困難だろうと思われます。豊富町で吹雪のもと、突発、強制、計画にかかわらず停電が起きて、2師団に救助要請があり、名寄の偵察隊のスノーモービル(一般車両より条件はよいはず)で先導された普通科連隊が死にもの狂いで突進、なんて状況を思い浮かべます。

停電時の我が病院がいかなる状況にあったか、記載します。2個ある非常用電源のうち、1個は18時間で焼き付いて使えなくなりました。たまたま近郊で奔別ダムの建設中で、その現場で予備として保持していた軽油を燃料とする発電機を借用して使い、事なきを得ました。といっても、電力を食う透析、CT、MRIは本格的な電力復帰まで稼働できませんでした。

院内のエレベーターには、9月21日まで、「節電のため停止します」、との張り紙を出しておりました。北電から節電要請のメッセージが毎日ラジオで流れてきます。本気で節電するなら、何月何日には何万KWの能力がある見込みだから、このくらいまでに抑えてくれ、というのが本当のはずでしょう。

そういう指針がないものだから、この張り紙は剥がしていいのかそのままにすべきか、誰も判断できません。道からそうした情報提供はなく、各病院や事業所ごとに空気を読んで自主的に判断しろ、というのが道の基本的スタンスなんでしょう。

道は、この先に当地で災害が起きた場合にどのくらいの治療能力があるのか、把握する必要があると思うのですが、発電用の燃料の備蓄についての問い合わせはないようです。災害拠点病院以外はそうした計画から外れているのでしょうか。自衛隊時代とは全く異なる無管理体制、君臨すれど統治せず、という言葉を思い出しております。そういえば、知事は英語ではGovernorでしたね。

電力需要と供給の話をします。この冬に北海道で何を防がなければいけないか、そのために何をすべきかの優先順位の設定が必要です。内地や来年度以降に何をすべきか、は落ち着いた環境で議論いただければと思います。

一番避けなければいけないことは全道的なブラックアウト。今回と同じことが起きれば凍死者は100人単位で出るでしょう。次に避けなければいけないのは一部地域での突発的停電、計画停電。これとてその地域では凍死者が出る覚悟が必要ですし、水道管が破裂した家屋は冬の間住めなくなるでしょう。最後に避けなければいけないのが節電(の呼びかけ)です。

北海道で製造業の電力消費は大きくなく、呼びかけ、調整しても工場の夜間稼働などで稼げる余剰電力はしれています。節電が必要という「風評」被害だけで、観光客はやって来ません。先週末は震災と直接の関係がない富良野・美瑛でも、外国人観光客はほとんどいなかったようです。昔の日本人の海外旅行とちがって、彼らは情報をよく収集してやって来ます。「冬の北海道で電力不足から宿泊施設で凍死するかも」、という話にはとても敏感です。

北電によれば、冬の最大電力使用は2010年の542万KW。年ごと節電努力と気温によって上下しています。対するに供給は毎日新聞によれば苫小牧1、知内2、苫小牧共同、そして復旧すべき厚真1、2をあわせてやっと570万KWに達します。危惧される厚真での再地震で厚真1、2が損傷を受ければ計画は崩壊します。もちろん、これまで積み上げてきた数字は奈井江など老朽火発を無理に動かしているもので、音別のように実際に止まってしまったのもあります。

したがって、泊再稼働なしで上記3つすべてを実現することは不可能と思います。最低でも節電呼びかけの大合唱で観光客激減は甘受せざるをえない。上記の数字は海外の観光関連の業者はしっかりチェックしています。もちろん事故があれば停電は起こり、札幌雪まつりは中止に追い込まれるでしょう。北海道の観光業への依存は内地よりはるかに大きいのです。外国人観光客は徐々にリピーターが増えています。今度の冬の一回だけの失敗は、おそらく半永久的な損害を北海道経済に残します。

泊再稼働で得られる207万KWはこうした状況を完全に改善します。「危険だ危険だ」の声はもっともですが、1年ないし数年の再稼働で起こりうる危険の確率と上記の危険性・蓋然性を考えれば、解決策は自明のこと、阻害要因は政治的なことだけです。

道内の言論、報道、政治状況は不可思議です。泊再稼働については、知事も発言せず、同議会で話題にもならないようです。前札幌市長もふくめて、「電気は足りている」、と大声あげていた人たち、そしてそれに忖度して北海道電力からの電力不足の訴えをはねつけていた人たちです。その人たちがそろって、「北電の責任は重大だ」、の連呼です。

それにあわせて道内メディアは泊再稼働の議論どころか言い出すものさえいない、そして具体的な電力供給と需要のグラフさえほとんど出てきません。まさに報道統制。戦時中の思想統制を内地メディアよりも激しく非難してきたのは彼らであったはず。

塩見 洋(しおみ ひろし)市立三笠総合病院内科


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