『新潮45』はどこを誤ったか:幻の11月号寄稿者として悼む

2018年09月30日 06:00

沖縄県知事選を現地取材中だった25日、『新潮45』の休刊が報じられた。実は、私は「幻」となった次回11月号に、誰でも知っている有名政治家に関して、これまでにない視点の論考を寄稿する予定だった。今年から3回寄稿させてもらったが、次号に向けたオファーはこれまでで最長の約7500字。手前味噌だが、文字数から推測するに、おそらく表紙のカバーで紹介されるなど次号の「看板原稿」の一つとして期待されていたのだろう。

「最終号」となった『新潮45』10月号

休刊の報は、新潮社内でも電撃的な決定だったようだ。悪いことは続くもので、担当編集者の出張中とも重なり、私が休刊の事実を初めて知ったのは世間と同じくネットでの速報。那覇の暮れなずむ曇天の下で一時呆然とした。締め切りはきょう30日だったが、私自身のキャリアをかけた「勝負作」になると思っていたので、沖縄の選挙取材を見越し、睡眠時間を削って24日朝にはほぼ書き上げていた。

念のためだが、編集者からすぐ連絡があり、原稿料については予定通りお支払いいただける。幻の原稿も「これまでにない切り口の○○○論」(○○○は政治家の名前)と高く評価いただいただけに、陽の目を見ることがなかったのが残念でならない。

『新潮45』の10月号が発売されてから半月あまり。ほとんどフルボッコ状態で百家争鳴した中で、論点はだいたい出しつくされただろう。近年は部数低迷の赤字続きで、編集部の思いとは別に、経営判断として、今回の非難を機会にして実質的な廃刊したという見立てに私も同意する。

『アゴラ』はしばしば安倍応援団の保守論壇の一角と勘違いされ、杉田水脈氏や小川榮太郎氏の「お仲間」と思われているかもしれないが、主宰の池田信夫がJB Pressですでに述べたように、「杉田氏の記事も小川氏の記事も擁護する気はなく、どっちも論評に値しない駄文」というのが『アゴラ』としての見解だ。

今回の問題が起きたからいうのではなく、一連の問題が起きるよりかなり前から、編集部として2人の「保守論客」には行き過ぎなところがあるから、距離を置いてきたのが実情だ。今だから話すが、ある人から杉田氏の執筆陣入りを勧められたのに対し、私は難色を示したこともある。

『新潮45』へのバッシングは過剰だ

一方で、一連のバッシングをみていると、若杉良作編集長以下、『新潮45』編集部に対する非難が過剰なところや事実確認が微妙なものもある。たとえば、『週刊現代』元編集長の元木昌彦氏がプレジデントオンラインに寄せた批判記事は、雑誌づくりのイロハ、危機管理の話はうなづけるものの、最後の最後で余計なくだりがあったために不愉快になった。

元木氏は、小川氏への非難だけにとどまらず、私も寄稿した10月号の巻頭特集「『野党』百害」について「少数野党をたたくことにどんな意味があるのか」と矛先を向けた。ケント・ギルバート氏の論考に対し「全編野党に対するヘイト文」と切り捨てているが、後述するように、私が長妻昭氏を取り上げた論考は違う視点だった。どちらかといえば、野党再建に向けた教訓への思いを込めたものであって、元木氏は、おそらく無名の寄稿者にすぎない私の記事など読んでいないのだろう。あるいは、私の記事も読んだ上で、私のことを「極右論者」のようにみているなら、それは断じて違うと抗議する。

若杉編集長とは一度食事をしにいったことがあるが、左派の人たちが目の敵にするような鬼でも邪でもない。酒席の話を書くわけにはいかないが、先細りする雑誌市場と、左右両極化する昨今の言論市場に対し、強い課題意識をもっていたのは間違いない。野党に対するヘイト的な物言いは決してされないスマートな物腰の紳士だ。『新潮45』が右派マーケットを意識していたのは確かであろうが、極右路線志向だったと決めつけるのは表層的だ。もし極右路線に舵を切るならば、小田嶋隆氏に定期的にオファーすることはあるまい。

拙稿のタイトル付けに見たアゴラとの微妙な差異

長妻昭氏(民主党政権の官邸サイトより)

ただ、私が寄稿者として心配だったのは、世間の耳目を集めるために切り口にエッジをかけるにしても、極論に振り切りすぎないようにコントロールできるかだった。

実は、長妻氏を取り上げた拙稿のタイトルづけで、若杉さんや編集部とは議論になった。掲載されたのは『野合の先駆け「長妻昭」』。「野合の先駆け」とは2015年秋の安保国会で、当時の民主党が共産党と「野党共闘」するようになる5か月前、長妻氏が地元の渋谷区長選で、共産党と共闘して元都議を応援した経緯をさすものだが、どちらかといえば拙稿冒頭の一描写にすぎない。

当初、私が提案したタイトルは『長妻昭は“責任野党”の反面教師』。長妻氏がミスター年金として厚労行政の追及者として頭角を現し、民主党政権で厚労相にまでのぼりつめたものの、官僚を動かす側に回ってから「機能不全」に陥って失敗したことを、しっかり分析することが、野党が、政権交代を本気でめざす上で必要なことではないか、と建設的に問題提起したところが本論だった。

若杉さんからは担当者を介して「なぜ反面教師なのか、政治に詳しくない読者には伝わりづらい」との意見をいただいた。編集権を尊重して最後に私は折れたが、特集の看板が『「野党」百害』だから、ほかの論考と合わせ、厳しめなトーンで統一したかったのかもしれない。ネットも雑誌もタイトルは命。「反面教師」よりは「野合の先駆け」のほうがパワーが強いし、そのときは「まあ、それで読む人が増えてくれたら」と思い直した。

一方で、このタイトルのつけ方は、紙媒体が直面する左右両極化の潮流と、独自路線を貫く『アゴラ』の路線の微妙な違いであるとも感じた。私自身が日頃意識している路線の「目安」は、「保守 VS リベラル」「右と左」といった判断軸より、実は、新潮社OBの門田隆将さんがいう「DR戦争」なのだ。門田さんは、21世紀に安全保障の環境が変化したにもかかわらず、左右の対立に終始しがちなマスコミ・ジャーナリズムの病理について「55年体制症候群」と呼んだ上でこう指摘する。

左右対立の時代はとっくに終わっている。お互いを「右翼だ」「左翼め」と罵っている時代ではない。今は、現実を見つめるか、空想に浸っているか、の時代である。つまり、左右対立ではなく、日本はやっと「DR戦争の時代」を迎えたのである。(出典:門田氏ブログ『衆院選は「DR戦争」に突入した』

「DR戦争」の時代に適応したメディアを

「門田基準」に立てば、右だろうと、左だろうと両極化すれば、ただのDreamer(夢想家)だ。折しも、私はあすから編集長4年目に入るが、3年前の所信表明の際に「リアリズムを尊重した政策議論・提案型のメディア」をめざすことを理念の一つに掲げている。一方で、Realist(現実主義者)に軸を置きすぎて現状追認であってもならない。既成概念にとらわれずに、蓮舫氏の国籍問題や、トランプ大統領当選予測といった大胆なことをやるには、「R」に軸足を置きながら「D」の領域に少し踏み出す、しかし「D」の誘惑にはまらないという、むずかしいバランス感覚が要求される。

残念ながら伝統ある紙媒体の「論壇」は、「DR戦争」時代に適応できているところがほとんどあるまい。先日も書いたように、「安倍一強」は55年体制症候群を延命させてしまったが、首相退任後にはメディアも新時代を開拓していかなければならない。おそらく、ネットメディアが「尖兵」として仕掛けていく部分も大きいが、伝統メディアもDR戦争時代に相応しい論壇の場づくりに参加してくれないと、社会的な重みに欠けるのも事実だ。明治維新をつくるには、“零細ベンチャー”の亀山社中の力だけではとても無理で、薩摩、長州という“大企業”のリソースは不可欠だった。

『新潮45』は、アゴラの執筆陣も多く寄稿し、私も希少な紙媒体での発表の場を失って残念だが、昨今はネットも大手では「リベラル偏重」「Dreamer偏重」が強まりつつあるのを危惧している。そういえば取材にいった沖縄では、知事選出馬を断念した青年実業家が「右でも左でもなく、前へ」をキャッチフレーズにしていた。今回の失敗を糧に新潮社には、Realistを軸に大胆な論で世の中を前に進めるメディアを生み出していただきたい。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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