サウジはトルコの陰謀に嵌められた?

長谷川 良

米国に亡命中のサウジアラビア反政府ジャーナリスト、米紙ワシントン・ポストなどにコラムを書いてきたジャマル・カショギ氏(60)が今月2日、婚姻に関する書類を入手するためにトルコの国際都市イスタンブールのサウジアラビア総領事部を訪問した後、消息を絶った事件はサウジ、トルコ、米国などが関与する国際事件となってきた。

今月2日以後、消息不明となっているサウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(ウィキぺディアから)

サウジ側は当初、「カショギ氏は用事が済んだ後、領事部を出ていった」と主張し、同氏が領事部内で殺害されたという一部メディアの報道を否定したが、トルコ政府筋から同氏が領事館内で殺害された時の録音やビデオの内容が一部メディアに流れたため、説明責任を問われてきた。

事件は15日、急展開した。サウジはトルコ側に領事部内の合同捜査を認めた。CNNによると、「サウジは同氏を尋問中に誤って殺害した」ことを記述した説明書を準備していたという。トルコ側の情報によると、捜査は9時間に及び、「カショギ氏が殺された証拠が見つかった」というが、詳細な内容は明らかではない。

サウジ側が領事部内の捜査を求めるトルコ側の要望を受け入れ、トルコとの合同捜査を認めた背景には、①米国から事件の早急な解明を求める圧力があったこと、トランプ大統領は、「カショギ氏殺害が明らかになれば処罰も辞さない」と警告したという、②事件が長引けばサウジの刷新、近代化を訴えるムハンマド皇太子の改革への国際的イメージが損なわれる危険性が出てきたこと―等の理由から事件の早急な幕閉じに出てきた、と受け取られている。なお、米国は15日、ポンぺオ国務長官をリヤドに派遣し、サルマン国王らと会談し、事件の早急解明に乗り出したばかりだ。

今後の捜査の行方を待たないと不明な点が多いが、以下、同事件の問題点を考えてみた。

①トルコ側はサウジ総領事部内の不祥事を詳細に掌握していた。ウィーン条約によれば、外国の大使館、公館、領事部にはホスト国側は許可なくしては入れない。治外法権の領域だ。サウジ側はウィーン条約を根拠にトルコ側のスパイ行為を糾弾できるはずだった。

考えられるのは、総領事部にトルコ側の情報員がいるか、盗聴してきたことだ。トルコ情報機関が総領事部内の殺害シーンを録音した証拠物ビデオを所有していたことが分かると、サウジ側は事件を隠蔽できないと判断、米国の助けを求めたのではないか。

②トルコ側がサウジ総領事部内を盗聴、監視していたことは国際条約の観点からも不法行為だ。トルコ情報機関が国内の外国公館をスパイしていたとなれば、国際社会でのトルコの評価は落ちる。トルコ側はサウジの蛮行を示す証拠を交渉材料としてサウジと有利な外交的話し合いの道もあったはずだ。結局、サウジはカショギ氏の殺害により、またトルコ側は外国公館の盗聴、監視行為を認めることでそれぞれ評判を落とす結果となった。ひょっとしたら、米国のトランプ政権がサウジとトルコの間に介入し、漁夫の利を得ることになるかもしれない。

エジプトのメディアによれば、カショギ氏はイスラム過激派組織「ムスリム同胞団」に所属し、婚約者のトルコ人女性はトルコ情報部員だったという。それが事実ならば、カショギ氏事件は別の観点で見なけらばならなくなる。スンニ派の盟主サウジ王国に対し、「ムスリム同胞団」を支持し、中東の覇権を模索するトルコのエルドアン大統領の争い―という側面を無視できなくなるからだ。カショギ氏事件はサウジがトルコの陰謀に嵌ったということにもなる。

ところで、カショギ氏はトルコ側の画策を事前に知っていたのか、それとも全く知らずに事件に巻き込まれて、トルコとサウジ両国の政争の犠牲となったのだろうか。今後の捜査を待たないと何も言えない。いずれにしても、同事件はサウジ側の部分的犯行声明後、最高指導部の責任を明確にすることなく、米国の介入で外交的、政治的解決を図ることになる可能性が現実的だ。

なお、米紙ニューヨーク・タイムズ16日付は、「カショギ氏殺害にサウジのムハンマド皇太子の身辺警備を担当する治安部隊が関与していた可能性が出てきた」と報じている。事実とすれば、ムハンマド皇太子の責任を追及する声が高まり、皇太子の失権ばかりか、サルマン国王にもその影響が波及することが十分考えられる。

蛇足だが、駐オーストリアの北朝鮮大使館内で北朝鮮のビジネスマンが拷問された後、平壌から派遣された2人の治安関係者に抱えられ帰国していった事件があった。

北のビジネスマンとは大聖銀行から派遣されたホ・ヨンホ氏だ。投資の失敗で巨額の損失を被ったことが北側に通達された。北からは2人の治安関係者がウィーン入りし、大使館内でホ氏を拷問した。その後、奥さんと共に強制的に北に連行されていった。ホさんの奥さんはオーストリアの知り合いのビジネスマンに、「帰国するのが怖い。何が待っているのか分かるからだ」という言葉を残していったという。

この内容はオーストリア内務省関係者から直接聞いた話だ。ホスト国オーストリアはウィーン14区の北朝鮮大使館(金光燮大使)を盗聴・監視していたことを物語っている。トルコ側だけが外国大使館・公館を盗聴、監視しているわけではない、という話だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。