ずばり東京。

2019年05月16日 14:00

開高健「ずばり東京」。

1963年から64年にかけて1年半、週刊朝日に連載されたルポ40話。
東京五輪の前夜、怒声と煙に沸き返る盛り場、槌音高らかな建設現場、静かなる昼下がりの畑。
東京が脈動している。
なまめかしくも、筋肉をみせびらかす、若い東京が。
なんとも魅力的な半世紀前の都市。

闇に湿った場末と、ぎらぎら容赦ないお天道さま。
安化粧まみれの女、戦後20年立ち直れない老人、上京まもなくして夢をすり減らした工員。
新宿の深夜喫茶、後楽園の運転手、晴海の解体屋、錦糸町の交通裁判所。
練馬の百姓、ああ上野駅、神宮の屋台。
田舎者の聖地。権力者の闘技場。欲望の交差点。

佃島の渡船場は自殺の名所。
家康が摂津の漁師を連れてきて開いたので、地元ことばは「けつかる」大阪弁だ。
もうそんな佃島はない。半世紀前は、江戸があった。
浅草の演歌師は「日清談判破裂して」を歌う。
都内には1000人の流しがいた。カラオケで失せた。
隅田川向こうの紙芝居。テレビで失せた。

文京公会堂で開かれた自民党総裁選。
池田、河野、川島、三木、佐藤、藤山、岸、福田、石井という派閥乱立期。
カネをもらった派閥の数を表す生一本、ニッカ、サントリー、オールドパーなる用語が生まれた。
二世でない官僚派・党人派の叩き上げがむきだしの権力抗争を繰り広げた、エンタメ。

トルコ風呂編でトルコ協会名誉会長・大野伴睦が登場する。
まんまん中にも切り込む割に、登場する政治はそんな具合にどこか間抜けで、あくまで東京の主役は、泥まみれの市井であり、酒とネオン、工員服に馬券、満員電車と落とし物たち。

愛すべき東京は今も変わらない。

銀座。「首都の中心部にこれだけ広く濃密に酒場と料理店だけが集う例はない。」
今も変わらない。
「東京には中心がない。この都は多頭多足である。いたるところに関節があり、その関節にも心臓がある。」
今も変わらない。
むしろ節足度は増している。

いや東京は東京タワーという中心を得た。
タワーから、東京プリンスホテルの建設現場で粗末なノリ弁を食うニコヨン(死語)のおばさんを見下すシーン。
モスラ、キングギドラ、ガメラ、ガラモン、次々に壊されたが建て直した。
電波塔の役割はスカイツリーに譲ったが、今も睥睨する。

満を持して1964年10月10日「超世の慶事でござる」東京五輪開会式がルポされる。
下から上まで、東京タワーから整備率2割の下水道まで、顔と顔を舐め回したあと、万国旗はためく千駄ヶ谷の競技場、7万人の観客と万国の超人の集いが描かれる。見事。

1964 年東京五輪の開会式で、トーチを手に聖火台へと向かう坂井義則(Wikipediaより:編集部)

黛敏郎作曲の電子音楽が「ぶおっ、ぶおっ、古井戸に石を投げてるようなぐあい」に流れる中、選手入場。
「松脂入りぶどう酒のうまいぎりしゃ、羊の串焙りのうまいあふがにすたん、肉団子のあるじぇりあ」に始まり、「なんでも食べる日本選手団」まで。
このかたらしい。

開高さんはこう記す。長文だが引用する。
「東京は日本ではないと外人にいわれるたびに私は、いや、東京こそはまぎれもなく日本なのであると答えることにしている。都には国のすべての要素が集結しているのだ。」
「ものの考えかた、感じかた、職種、料理、下劣、気品、名声ある変化の達人の知的俗物、無名の忍耐強い聖者たち、個人的清潔と集団的汚濁、繁栄と貧困、ナポレオン・コニャックとラーメン、絶望と活力、ありとあらゆるものがここに渦巻いている。」

成長期を経て、東京はTOKIOに背伸びしていたら、バブルで凹み、落ち込んでいたら、気がつけばクールジャパンとやらで、創造的都市とあがめられ、インバウンドに賑わう。戸惑う東京。

心の準備も体の手入れも間に合わぬまま次の五輪を迎える。
どうしよう。
だけどそれは前回の五輪を迎える先輩方も同様だったと思われる。
本書は五輪がどこか絵空事で、だけど日々のリアリティーの真ん中に降り立つ巨大な塔として描かれる。

「私はこの都を主人公にして一つの小説を書こうとも考えて探訪しつづけてきたのである。」
この試みは成就した。
テレビの時代、ネットの時代を経て迎える次の五輪は、どんな描き手が紡いでくれるだろう。
その物語はもうとっくに始まっているはずだ。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年5月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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