香港の100万人デモを中国はどう報じたか

2019年06月12日 06:01

6月9日の香港100万人デモ、西側各紙には街を埋め尽くす群衆の写真と共に「100万」あるいは「大規模」の見出しが踊った。が、中国紙にはChina Daily(中国日報)にもGlobal Times(環球時報)にもデモの大きさを窺わせる文字はなく、人民日報日本語版では香港で検索しても記事自体が見付からない。

両紙の見出しは中国日報が「Closing of extradition loophole strengthens rule of law in HK」(香港の犯人引き渡し抜け穴閉鎖強化法)、環球時報は「Central government firmly supports Hong Kong in amending extradition legislation」(中央政府は犯人引き渡し法改正について香港をしっかり支持する)だ。(拙訳)

間が悪いことに、折しも天安門8964の30周年にも当たり、デモの規模を報道したくない気持ちにもなろうが、中国日報の「some people took to the streets on the same day to protest against the proposed amendments」(同日、何人かの人々は提案された改正に抗議するために街に出た)は余りに大胆なフェイクではないか。

またBBCは「Chinese state media said “foreign forces” were behind the protests」(中国国営メディアは抗議の背後に“外国勢力“がいると述べた)と報じている。筆者はこれがどの国営メディアの記事か裏が取れなかった。が、BBCは英国の公共放送、NHKは油断ならないがBBCは大丈夫だろう。

デモの人数に触れない代わりに、両紙とも香港でこの「改正提案を支持して署名」した者の人数を載せている。中国日報は70万人以上、環球時報は80万人以上だ。何しろ白髪三千丈の国柄、やがては100万、そして200万となっていくかも知れぬ。

ちなみに、デモ参加者の人数は主催者推定で100万余り、警察推定で24万とのこと。総人口が740万といわれる香港、日本に例えると前者で1,700万人、後者でも400万人余りになる。道路を埋め尽くす群衆の様子を見るにつけ、如何に大規模なデモだったか判ろうというものだ。

今回の「犯人引き渡し法」の改正内容についてはロイターの記事が最も詳しい。それによると、

  • 逃亡犯条例改正案とは・・現在ケースバイケースで対応している刑事容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、香港が身柄引き渡し条約を結んでいる20カ国以外にも対象を広げ、中国本土や台湾、マカオへの身柄引き渡しも認める。
  • なぜ改正案を進めているのか・・昨年、香港人の若い女性が旅行先の台湾で殺害された事件がきっかけ。警察は容疑者の男が香港に帰国後に自白したとしているが、殺人事件では訴追されず、マネーロンダリング関連の罪で服役している。
  • 改正案に対する反発の強さは・・最近になって急速に懸念が広がり、対立を嫌うビジネス界や体制派にまで拡大している。香港の裁判官も非公式に警戒感を表明し、香港に拠点を持つ本土の弁護士でさえ本土の司法システムでは最低限の公正さすら期待できないとして同調している。
  • 改正案の撤回や延期の可能性は・・香港特別行政府が強力に擁護し、政治的・宗教的な訴追、拷問や死刑の恐れがある容疑者は引き渡しされないと主張していて、撤回や延期の兆候はない。外交圧力に直面する中国当局者も、主権問題だとして香港行政府を支持している。

ここで各国の犯人引き渡し条約の状況を見ると、日本は米国と韓国の2カ国と結んでいるだけだが、米国は69カ国、韓国は25カ国と結んでいる。他にフランスは96カ国、英国は115カ国だから、先進国の中で日本の少なさが際立つ。が、日本の場合、「逃亡犯罪人引渡法」第三条に基づいて引き渡されるケースが多いとされる。

逃亡犯罪人引渡法 (引渡しの請求を受けた外務大臣の措置)

第三条 外務大臣は、逃亡犯罪人の引渡しの請求があつたときは、次の各号の一に該当する場合を除き、引渡請求書又は外務大臣の作成した引渡しの請求があつたことを証明する書面に関係書類を添附し、これを法務大臣に送付しなければならない。

一 請求が引渡条約に基づいて行なわれたものである場合において、その方式が引渡条約に適合しないと認めるとき。

二 請求が引渡条約に基づかないで行なわれたものである場合において、請求国から日本国が行なう同種の請求に応ずべき旨の保証がなされないとき。 (以下省略)

さて、ロイターは欧州11カ国の在香港総領事らが林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に面会して正式に抗議したことを報じたが、米国や台湾の反応はどうか。

米国は10日のVOAが「米国務省は香港で提案された犯人引き渡し法の改正について懸念を表明」と報じた。同日のVOAの別記事では、民主党Eliot Engelと共和党Ted Cruzも「一国二制度の衰退(erosion of the one country, two systems)」が香港の地位を危険に晒すと述べた。党派を超えて中国共産党を牽制する辺り、熾烈な米中対立の最中であることを物語る。

またそもそもこの問題の発端となる殺人事件の起きた台湾はといえば、蔡英文総統は9~10日と続けて、自由や民主主義を求める「香港住民の心の声が尊重されるべきだと思う」、「一緒に香港の後ろ盾になり、一緒に台湾を守ろう」とフェイスブックで呼びかけた。犯人引き渡しに応じないともされる。

蘇貞昌行政院長も台湾は「一時的な利益やきれいごとに警戒を緩めることで香港の二の舞になってはならない」と警鐘を鳴らし、盧秀燕台中市長(国民党)も中国が主張する「一国二制度」に反対する姿勢を表明、また鄭文燦桃園市長(民進党)もフェイスブックで香港住民を激励するなど、党派の別なくこれに反対している。

本年1月の「同胞に告げる書」の演説で習近平が台湾に一国二制度を迫り、それを峻拒した蔡英文の支持率が上昇したのは記憶に新しい。折も折、来年1月の総統選挙に向けて6月に民進党候補が、また来月には国民党候補が決まる。台中市長(出馬はしない)の非難も国民党候補の援護射撃だろう。

BBCによれば、最初の女性行政長官である林鄭月娥は「good fighter」のあだ名を持つ有能で経験豊富な官僚だが、傲慢でエリート主義者で他人の言うことを聞かないらしい。デモ隊のバナーに彼女の顔が多く描かれているのも、この抗議が彼女個人的にも向いているからとする。彼女は香港生まれで漢姓に二文字は珍しいが、嫁ぎ先の姓と自分の姓とをくっ付けることが間々あるようだ。

これほど大規模な反対デモの民意は極めて重い。西側諸国は挙って反対だし、台湾も反対で引き渡しに応じないとなれば、ますます中国だけを向いた法改正と思われても仕方ない。今はケースバイケースというし、日本のように条約がない国とも対応している国もある。果たして林鄭月娥長官はどう乗り切るだろうか。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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