MITメディアラボというビジネスモデル

2019年09月12日 11:30

伊藤穰一JoiさんがMITメディアラボの所長を辞任しました。ブラックな筋から資金をラボが受けたことが原因とされます。
世界のトップ機関の長を張る日本の星であり、ぼくらITやビジネス界の誇りであるだけに残念です。

ぼくは事案について詳しくは存じ上げません。
20年ほど前に客員教授をしていましたが、その後コミュニティから離れているため、本件を巡る現場の空気も吸っていません。
ただ、この騒動は、MITメディアラボがいかなる怪物的な存在かを、改めて思い起こさせました。

Joiさんに期待されていたのは集金です。ぼくが最も尊敬する人物の一人、わが師匠、メディアラボ設立者ニコラス・ネグロポンテさんの後の所長が長く続かなかったのは、その機能が弱まったからと見ています。

メディアラボはMITから半ば独立する形で世界中から資金を集めて設立されました。当時、調子のよかった日本が1/3の資金を拠出しました。ネグロポンテ師匠の集金力です。
集めた資金はラボにドンブリで入り、各教授に配分されます。その仕組みがラボの支柱です。

年2回開かれるスポンサー会議では、世界中の出資者がラボの成果を厳しく叩き、教授たちは競争にさらされ、プレッシャーを受け続けます。評判が低いと、クビです。
ただ、スポンサーの多くは知財などの直接の研究成果を求めるというより、ラボのスポンサーであるというブランド・コミュニティに魅力を感じていました。

ぼくは2003年、メディアラボの研究内容やビジネスモデルを記録した「デジタルのおもちゃ箱」を上梓しました。

序 ユビキタスを超えて」にその概略を記しています。
1章 顔と顔」にラボの研究内容を、「4章 研究とビジネス」にラボのビジネスモデルを描きました。

今も構造はさほど変わっていないはずです。

この組織のトップに、学位を持たない初の外国人、それも日本人を据えました(その後Joiさんは慶應義塾大学から政策・メディア博士の学位を授与され、ぼくの後輩となりました)。
そのニュースには、さすがパンクなネグロポンテ師匠、さすがメディアラボ、拍手を贈りました。

同時にぼくは、この西海岸とは異なる東海岸のエリート臭ぷんぷんとエスタブリッシュ色りんりんのアウェイ地には、10人ほど身内を引き連れて乗り込まないと即死だぜ、と感じていました。
(メディアラボは多国籍と言いつつ、ぼくがいた頃は半分ぐらいユダヤ人でした。いや、みなさん国籍は違うんですけどね。)

でもJoiさんは単身乗り込み成果を上げました。沈んでいたメディアラボの発信力も高まったと見受けます。ITやスマートの時代に本場は西海岸に移り、AIやIoTの時代が来るに及んで、改めて存在感を増しているように見えます。

そこには、それだけのリスクが潜んでいました。

受け取ってはいけない相手から資金を受け取っていた、とされます。

これに対しネグロポンテ師は騒動さなかの9月4日、メディアラボ会議で「時計を巻き戻せたとしてもなお、私は『受け取れ』と言うでしょう」と発言したそうです。

そして、メディアラボがいかにして「授業料を徴収せず、人々に給料を全額支払い、研究者が知的財産を保持できる場所」となったかを語ったそうです。

エプスタイン資金問題を受け、メディアラボの総会で話されたこと(MIT Technology Review)

記事を拝読する限りでは、ネグロポンテ師らしいと感じました。

ぼくがラボに所属していた時も、教授会で、大手タバコ会社からの研究資金を受け入れるかどうかで悶着がありました。当時のネグロポンテ所長は断固「受け入れろ」でした。政府の軍事予算も当然受け入れる。

逆にアカデミズムとして受け入れない線をどこで引くのか。引けるのか。引いてよいのか。
ショッカーからの受け入れも辞さない、そんな姿勢でした。
この点がMITの鬼っ子メディアラボの凄みであり、今回の騒動を引き起こした遠因でもありましょう。

(騒動の肝はその後、資金を受け取っていたことよりも、それを隠していたことに移ったとされ、ネグロポンテ師が現在どうお考えかは存じません。報道される彼の発言は、隠蔽を報じたThe New Yorker記事の前のものです。)

35年まばゆい光を放ってきたメディアラボはここで傷を負い、その威信を取り戻すのは難問と見受けます。
MITやメディアラボにとどまらず、学術機関のあり方にも議論が及ぶことでしょう。
元となったスキャンダル自体、まだどこまで政治的な闇に連なっていくのかも予測できません。
ラボのかつての同僚たちに、早く笑顔を取り戻してもらいたいものです。

他方、ぼくは、そのメディアラボの産学連携ビジネスモデルは世界的な発明品と考え、日本でも展開できないものか、以来20年格闘してきました。

今も慶應義塾大学の大学院で仕組み作りを模索しています。まだできていません。
日本ではアメリカ型の寄付金による大学運営は難しく、(政府など公的資金に頼るほかは)企業との共同研究を広げるのが現実的です。
そのためには、まずメディアラボのようなプロのビジネス集団を編成する必要があります。

当時メディアラボは、教員30名に対し営業・法務・広報などスタッフは60名でした。(今もそんなものかな?)
それだけのプロがいてできるモデルです。
日本のように教員が研究・教育や校務、営業まで引き受けるスタイルでは太刀打ちできません。

ぼくが開学準備中のiUは、そのモデルへの再チャレンジです。
産学連携を進めるモデルをゼロベースで作りたい。教員は8割が産業界出身で、スタッフの層を厚くし、連携する企業のかたがたとともに研究・教育内容を作り上げていく。
そのような設計をしています。

しかし今後、「メディアラボのような大学を作りたい」は、いびつなイメージを抱かせかねません。異なるモデルを自ら提示する必要があります。

同時に今回、日本の大学も、反社チェックや倫理コンプラのコストが上場企業以上に求められることになりました。(iUは吉本興業の反社チェック力に頼ろうと思います。)

今回の件を自分ごとととらえ、対応を考えます。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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