「事実は人の意見を変えられない」なら、どうすればいいか?

2019年09月27日 06:00

科学に色はないけれど

ツイッターを開けば、今日も世論を二分する(ように見える)熱い議論がそこかしこで展開している。例えば福島原発の「処理水/汚染水」。立場によって使う用語も違う。

科学に色はないのだから、その水が危険なのか否かは数値を図れば分かるはずなのだが、なぜこんなにもめるのか、と思うだろう。だが、科学的根拠という「事実」を突き付けても、人は容易には意見を変えないのだという。

ターリ・シャーロット『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(白揚社)は、人間の脳の仕組みから「賢い人ほど情報を自説に合うように都合よく合理化してしまう」のだという。様々な実験や事例をあげ、そんな脳の仕組みを解説してくれる。

事実を突きつけられても別の論点を持ち出してきて、「そらみろ、これには答えられないだろう、やっぱりお前は間違っている。少なくとも、正しくはない」などと結論付けて、自説は強化される。また、確証バイアスと言われる現象によって、自説を否定する情報を与えられてもそれは重視せず、自説に合う情報を探してきては、信念を強化してしまう。叩けば叩くほど頑なになり、「事実は人の意見を変えられない」のだ。

ましてや、このネット社会。自説に合う材料を探そうと思えばいくらでも見つかる。真偽のほどは定かでなくても、だ。また、同じ意見を持つ仲間を見つけるのも容易だ。これがまた、自分の信じるところを強化していく。

「地球平面説」論者の悲壮感

その模様がよくわかるのが、Netflixで配信中の『ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-』だ。

「地球が平らだって? 今時そんなものを信じている人がいるのか?」と半分鼻で笑うつもりで見始めたのだが、「平面説」を信じる人々は実に真剣で、切実。「世界の真実を知ってしまった者」としての悲壮感すら漂わせている。

彼らは「科学」の場から排斥され、周囲の人からバカにされるほど、信念を強めていく。信念に突き動かされる彼らは、自説を広めるために抜群の行動力を発揮。そして、「地球平面(フラットアース)国際会議」の場で、同じ志を持つ者たちは抱き合い、「真実を言っているからこそ、自分たちは理解されないのだ」とばかりに、まるでキリストの受難を再現しているかのような雰囲気さえ醸し出しているのだから、言葉を失う。

「彼らをバカにして孤立させてはいけない。その探求心を科学に向けてもらおう」という優しき学者の声もあったが、地球平面説の支持者は王道の科学や政府発表にない部分にこそ真実がある、というスタンスのようなので相容れないのだ。

「地球は丸い」という自明のことですらこうなのだから、原発の「汚染水/処理水」の問題で両者が折り合うのはさらに難しい。

「知識がない人ほど分かった気になる」

こうなってしまうと、専門家の意見も客観的事実も何らの意味を持たない。これは世界的現象になりつつあるのかもしれない。安全保障、国際関係論の学者であるトム・ニコルズが書いた『専門知は、もういらないのか』(みすず書房)は、そんな現象を嘆いている。

誤った平等性により、専門家とど素人が全く同じリングで闘うことになる。そこでは「知識がない人ほど分かった気になる」ダニング=クルーガー現象も起き、始まる前から敗けているはずのど素人が、専門家にボッコボコに殴られていても、殴られたことにさえ気づかず(むしろ相手をKOしたのは自分のほうだといわんばかりに)勝利宣言をして去っていくのだ。

ここでもやはり、ネットの影響が指摘される。

《実際、インターネットへのアクセスによって、人々は全く何も調べなかった時よりも愚かになっているのかも知れない》とトム・ニコルズは嘆く。

ポイントは「一致点探し」

もはや意見の違う人間への説得はあきらめるしかないのだろうか? 『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』のターリ・シャーロットは、解決策と、実験によるその効果を提示してくれる。詳しくは本書をお読みいただきたいが、一つには、粘り強く、相手の気を引き、同じ目線に立って「一致できるポイントを探すこと」が肝要と言えそうだ。

noteで「Netflix+書籍で知識を深めるシリーズ」公開中。また、安倍政権関連書籍を読みまくる「あべ本」レビューも随時公開しています。

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