アルゼンチン:マクリ大統領が大統領選に勝つのは奇跡でしかない

白石 和幸

またデフォルトの可能性が高くなっているアルゼンチン。これまで8回もデフォルトを繰り返して来た「常習犯」の国だが、その危険性が迫っている中で、今月27日に大統領選挙が予定されている。

マクリ大統領(安倍首相と会談にて:首相官邸サイトより)

現職のマクリ大統領が再選される可能性は奇跡に近い。彼は今も8月11日の予備選挙でアルベルト・フェルナンデス候補に得票数で15%の差をつけられたにもかかわらず、相手が50%を満たすことなく、彼との差を10%まで縮めるという可能性を微かに抱いて決戦投票に持ち込むことを望んでいる。決戦投票に持ち込めば勝利の可能性はあると見ているのだ。果たしてそうであろうか?

マクリ氏が創設した党名Cambiemosにもあるように、改革しようと訴えて大統領に選ばれた。それまでのクリスチーナ・フェルナンデス前大統領の経済は財政赤字の拡大、外貨の減少に加え、インフレも高騰。現地電子紙『infobae』(2019年8月3日付)が参考になるデーターをマクリ大統領政権下と比較したものを報じている。

フェルナンデス マクリ
ヒマワリ油 273% 130%
ミネラルウォータ2L 421% 207%
砂糖1㎏ 383% 127%
ミルク1LT 362% 189%
パン390g 536% 146%
マテ茶500g 933%  116%

 

マクリ氏の累積インフレは256%に対して、クリスチーナ・フェルナンデス氏の2期目は183%となっている。

しかも、彼女が絡んだ汚職も現在法廷で明らかにされている。

アルゼンチンという国は不思議な国で、戦後ペロン将軍の威光が正義党に今も反映されているのである。上述している杜撰な政治を行ったクリスチーナ・フェルナンデス氏が副大統領候補としてアルベルト・フェルナンデス氏と“ペア”を組んで立候補しているのである。彼女のような杜撰で汚職にも塗れた政治家が復活できるというのは正常な民主国家であればありえないことである。

この2人のペア候補の前にマクリ氏が再選を挑んでいるのであるが、彼の3年半の経済を極度に低迷させている政治に国民からの支持を失っているのである。そうかといって、クリスチーナ・フェルナンデス氏の政治にまた戻りたくない。それが大半の国民の考えなのである。

そこで、彼女が考えた策が彼の夫ネストル・キルチネール氏が大統領だった時に首相を務めたアルベルト・フェルナンデス氏を大統領候補にして彼女は副大統領に座るということである。彼女がアルベルト氏を大統領候補として彼に打診するまで彼は、クリスチーナ氏を痛切に批判していたほどであったが、大統領のポストは魅力あるということで双方が“ペア”として立候補することを決めたのであった。

彼女は副大統領になればこれまで以上に不逮捕特権を利用して汚職容疑による逮捕そして公判からも逃れることができる。また、巷ではこの“ペア”が当選すれば、実権を握るのはクリスチーナフェルナンデスだと皮肉を言われている。

その一方で、マクリは再選に向けて奇跡が起きるのを信じて今も大統領として経済面などで打つべき策を実行に移している。しかし、彼が予備選挙で負けた一番の要因は中流層を無視したことだと言われている。

首都ブエノスアイレスの庶民的な風景(Jimmy Baikovicius/flickr)

現地メディアが報じる国民の声は切実なものばかりだ。

小学生2人の母親のモニカさん(42)はその一人だ。彼女は「全て払うことはできない。預金はない。この3年間はクレジットカードからお金を引き出しての生活です。電気代、携帯電話代、食費代など、すべて引き出したお金で払っていた。最初の頃は月末に引き出した金額を返済できた。今では金利が年間170%にまで上昇して破産の寸前です」と語っている。

共稼ぎだということで何とか生活しているそうだ。しかし、クレジットカードはこの3年間で3つ持っていたのが、今では5つもっているそうだ。「精神科医への支払いが遅れている。マンションに関係した諸費用や健康保険費も支払いが遅延している」と述べて、マクリを支持しないことを表明した。

ミゲルさん(50)は事務所の清掃の仕事を13年前からやっているそうだ。この3年間で4つの借金をした。2つはクレジットカードにたまった金額の支払いの為だ。残りのふたつもクレジットカードの支払いに充てるためだ。給料3万ペソ(54000円)の半分は銀行にもっていかれているそうだ。妻は保育の仕事をしていて、17歳の娘が一人。「家族で映画をひと月に一度鑑賞しに行くこともない。唯一、支払い、支払いだけだ」と答えた。

クラウディアさん(45)は勤務したいた会社の社長であった。が、倒産して今では清掃の仕事で給与は1万ペソ(18000円)離婚した主人が出費の一部を負担してくれているそうだ。「11歳と17歳の子供とダブルベッドに一緒に寝ている。お湯に砂糖を入れて飲むのが夕食です」と答えた。昨年、子供の学校も私立から公立に変えて、「いつも子度が学校の給食から特別に食べ物をもって帰ってくれている」と語った。

「学校には3万5000ペソ(63000円)が未払いで、銀行にも3万ペソ(54000円)の負債がある。この国と一緒で私も潰れている」と断定した。(以上参照:elnuevosiglo.com.co

このような厳しい生活を余儀なくさせられている市民から、マクリ氏が信頼をこの先2か月で取り戻すことはほぼ不可能である。

マクリ氏の基本的な過ちは前任者の政権下の低迷していた経済を最初から抜本的に改革すべきところでしなかったことである。政権を引き継いだ当初から徹底した緊縮策を実行する代わりにネオリベラル経済を前面に謳って外国からの投資を期待して国債や借入金で政府の財政を賄おうとしたことであった。

しかし、これまで8回もデフォルトして来た国である。政権が変わったからといってアルゼンチンへの不信が拭い去られるものではない。しかも、財政緊縮策をとっていないものだから慢性的なインフレが繰り替えされるようになった。前任者のデフォルトを回避したかと思いきやマクリの政権末期になってデフォルトの可能性が生まれているという皮肉な組み合わせである。

マクリが現在の予測を覆して10月27日の大統領選で勝利することは奇跡だ。この奇跡が達成されるには現地紙『La Nación』の分析家ホアキン・モラレスによると、予備選挙が実施された時の投票者の数をさらに200万人上回るだけの人が投票所にむかう必要があるそうだ。しかも、その全員がマクリに票を投じる必要があるそうだ。

そうなると、フェルナンデスの支持率が45%まで下がり、マクリとの票差が10%以内に接近する。という結果になると、決戦投票に持ち込むことができるようになるということなのである。政府でさえそれを達成するのはほぼ奇跡に近いと表明しているという。マクリは決戦投票に持ち込めば他政党の支持者らの票を集結して逆転勝利は可能だと見ているのだ。(参照:alnavio.com

しかし、米国国務省の西半球担当のある高官が8月28日に「米国はアルゼンチンそして国民が選んだ次期大統領が誰であろうと選出されたリーダーと堅固な協力関係を継続させることを期待している」と『La Nación』の記者に語ったそうだ。(参照:pagina12.com.ar

米国はIMFに圧力をかけてアルゼンチンへの融資を誘ったが、米国政府はマクリ氏の勝利よりも、むしろアルベルト・フェルナンデス氏の勝利の可能性が高いと見るように変化しているのである。

マクリ氏(左)とボアソナロ氏(Wikipedia)

ブラジルもボルソナロ大統領は対立候補ペアを左派の犯罪者が復活するといった表現を使ってマクリ氏への強い支持を表明しているが、モウラン副大統領は次のように冷静な反応を示している。

「我が国と良好な関係にあるマクリ大統領が勝利して欲しいのは明白だ。しかし、勝利者はアルベルトフェルナンデスとクリスチーナキルチネルとなるという強い兆候がある」と述べ、「アルゼンチンは我が国の最大の取引相手国だ。我が国の多くの商品がアルゼンチンに輸出されている。だから、その絆を今後も維持せねばならない」と表明した。

つまり、モウラン氏は、ボルソナロ氏の姿勢とは異なり、次期大統領にはアルベルト・フェルナンデスが選ばれる可能性が強いと素直に見て、同氏との関係を通して両国のこれまでの関係を維持する必要があると表明したのである。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家