かんぽ生命における不正調査 〜 社内リニエンシーの実効性は期待できるか

10月25日の朝日新聞朝刊は、金融庁がかんぽ生命に対して「不正の認定方法」に問題がなかったかどうか、調査を開始したと報じています。従来、かんぽ生命は、法令違反の件数を「年間20件程度」と金融庁に報告をしていましたが、このたびの問題発覚によって日本郵政グループが調査したところでは平均年280件ペースで「法令違反行為」が発覚しているようです。あまりにも実態との差があるので金融庁は調査を行う、とのこと。

(かんぽ生命HPから:編集部)

ところで、上記記事の1週間前に、同じ朝日新聞朝刊に興味深い記事が掲載されています(10月17日朝刊)。日本郵政グループは、かんぽ生命の不正な保険販売に関わった疑いのある郵便局員の調査を開始するが、対象者が違反行為を自主的に申告すれば「有利な情状として考慮し」、処分を軽減・免除する(ことがある)との異例の通知を出したそうです。

私も不正調査の際に、何度か社内リニエンシー制度を活用したことがありますが、その実効性を高めるためには組織としての工夫が必要です。簡単にいえば「アメとムチ」を組織として徹底できるかどうか、という点です。

「アメ」はもちろん処分の軽減・免除です。よく社内リニエンシーはモラルハザードを生むと批判されますが、(社内ですでに疑惑が生じている)特定の不正に関する申告を促すためには有効です。一般探索的な不正発見のために活用しなければ、モラルハザードもそれほど気にすることはありません。

しかし、私の経験(主に失敗例)からみても、単に自主申告を促すだけで、関係者から申告が増えるほど甘くはありません。そこには「ムチ」つまり「もし申告せずに、あとで客観的な証拠や他の社員によるヒアリングで不正が判明した場合には、逆に『申告しなかったことをもって不利な情状として考慮して』厳罰をもって臨む」という会社の姿勢が伴うことが必要です。そして、日常において会社が社員と接する際に用いられている「性善説」もしくは「性弱説」の発想を「性悪説」に180度転換する必要があるので難しい。

たとえば、かんぽ生命の社内リニエンシーの運用について、上記記事では「不正な保険販売に関わった疑いのある郵便局員」を(反面調査を先行させることによって)最初に特定するようです。まだ客観的な証拠もない「疑い」の時点で「あなたは疑われている郵便局員だ」と特定して、それを本人に告知する、関係者との接触を禁止する、というのは皆様方の会社で可能でしょうか?

(プロのCFE-公認不正検査士-が2万人以上いる米国でも、疑わしい社員への告知は慎重を期さないと法的なトラブルになります)しかし特定しなければリニエンシーの実効性が高まらないので「(後で何も出てこなくても)疑いがあれば調べるのが会社の姿勢なのだ」という組織風土が成り立たないと難しいでしょう。

また、かんぽ生命は「対象者の供述に依存するものではなく、客観的事実、物証、第三者の信用性ある供述などに基づいて、我々は不正の認定を行います」とあらかじめ告知しておくそうですが、自主申告の対象はあくまでも「事実」であり、違法かどうかの評価は含まない、と告げるべきです。

疑いをかけられた社員は「会社は長年貢献してきた我々の説明よりも、お客さんや取引先が供述していることを信用するのか?」と疑心暗鬼になります。

「自己負罪」ではなく「(事実に関する)自主申告」を促すものであることをきちんと説明しなければ、社内リニエンシー制度はなかなか実効性は上がらないと思います。「申告すればかならず処分を減免します」と伝えるのではなく「処分を減免することがありますよ」と伝えるのは、このように評価の問題は会社が責任を負うからこそです。

「評価の責任は会社が負う」気概を社員に示すためには、やはり性悪説に立たねばならないわけでして、私があまり社内リニエンシーをお勧めしないのは、(自分のプロとしての失敗をおそれるわけではなく)このような気概を企業が持つことが難しいからであります。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。