与野党の談合する「国対政治」が官僚を疲弊させる

2019年10月28日 22:00

国会の騒ぎは、野党のいう「情報漏洩」の根拠がツイッターの日付の誤認だとわかって、急に静かになった。野党が国会で政策論争をしないでスキャンダルたたきに熱中するのは今に始まったことではないが、その起源は意外に古い。

明治憲法では、帝国議会にほとんど権限がなかった。大正デモクラシーで政友会と民政党の二大政党が交代する慣行ができたが、法案も予算も内閣がつくり、議会はそれに「協賛」するだけで修正できなかったため、注目を集める予算審議がスキャンダル暴露の場になった。

こういう傾向は、1928年の普通選挙で悪化した。巨額の選挙資金が必要になったため、政治腐敗が拡大した。官僚も政治任用で主要ポストは政権党が決めるようになり、各官庁や全国の地方官庁が政党に系列化された。

一般の有権者は政策なんか知らないので、誰でもわかる金銭スキャンダルが投票に大きな影響を及ぼし、議会は劇場型政治になった。腐敗して何も決められない二大政党に代わって「第三極」による「維新」運動が盛り上がり、その結果が青年将校のクーデタや大政翼賛会による「近衛新体制」だった。

この反省で新憲法では国会の権限が強化され、官僚人事の自律性が強まったが、野党に予算を修正する権限も能力もないのは戦後も同じだ。法案も予算案も閣議決定で完成しているので、与党はその利益を地元に分配するだけのロビイストであり、野党は国会で騒ぎを起こしてその分け前にあずかる総会屋のようなものだ。

それでも憲法では、国会は主権者たる国民を代表する「国権の最高機関」ということになっているので、野党はヒアリングと称して官僚を呼びつけていばり散らし、与党は答弁作成で官僚を酷使する。篠田英朗氏も指摘するように、これはデモクラシーの限界ともいえる。

形式的な権威をもつ国会と実質的な権力をもつ官僚の関係がねじれているので、与野党は対立しているようにみえるが、国会の官僚機構に対する優位を誇示するという点では利害を共有している。自民党の森山国対委員長が野党に妥協するのも、野党を「おさえる」能力を示して、与党の役所に対する政治的優位を示すためだ。

その原因が、国会運営を国対委員長会談の談合で決める国対政治である。野党が暴れて審議を止め、それを防ぐために自民党が細かい所まで詰めた答弁を求める。その辻褄を合わせるために官僚が毎日残業し、徹夜で答弁を書く。その原因には役所の完璧主義という悪弊もある。

昔は課長補佐が法案を起案して課長が決裁し、政治家との調整は局長級の仕事だったが、最近は法案作成のあらゆる段階で官僚が面倒をみて、課長や課長補佐まで政治家との調整に動員されるという。

この傾向は内閣人事局による政治任用で強まり、政治家に食い込める官僚が出世する官僚の政治化が進んでいる。政治家がそれに甘えて答弁を役所に丸投げし、国会待機や野党ヒアリングのような後ろ向きの仕事が増えて現場が疲弊している。

明治憲法以来の「天皇の官吏」の完璧主義を是正することは容易ではないが、松井孝治氏もいうように政官の接触を制限するのも一案だろう。特に法的根拠もなく官僚をたたく野党ヒアリングは禁止すべきだ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 学術博士(慶應義塾大学)

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