エジル選手「ウイグル人弾圧」を批判

長谷川 良

サッカーの元ドイツ代表、現在英国プレミアリーグの名門「アーセナルFC」に所属するメスト・エジル選手(Mesut Ozil)が13日、中国共産党政権下で激しい人権弾圧を受けている新疆ウイグル自治区の少数民族の現状をSNSやインスタグラムで投稿した。これに対して中国政府は「事実に反する」として、同国国営メディアなどを動員してエジル批判を展開。

中国国営TV(CCTV)によると、エジル選手が所属するアーセナルFC対マンチェスター・シティFCの試合の放送(16日)を急遽中止するなどの制裁に乗り出している。その理由として、「エジル選手の間違ったコメントは中国のファンと中国サッカー協会を失望させた」からだという。

▲アーセナルFC対マンチャスター・シティFC戦の放送中止を報じる中国国営新聞「グローバル・タイムズ」のツイッター

ウイグル自治区の少数民族の弾圧は「国際アムネスティ」(IA)など国際人権団体が批判し、国際社会から中国共産党政権の人権弾圧として糾弾の声が上がっている問題だ。エジル選手が初めてウイグル自治区の現状を指摘したわけではない。ただ、自身も敬虔なイスラム教徒のエジル選手はウイグル人のイスラム教徒の状況に同情し、国際社会へアピールしたかっただけだろう。ちなみに、エジル選手は昨年、独代表辞任で大きな話題を呼んだことがある(「政治問題化するエジルの独代表辞任」2018年7月25日参考)。

それに対し、中国側は「事実無言」として一蹴する一方、エジル・バッシングを始め、選手が所属するチームに圧力を行使している。中国側の対応を見ても、ウイグル自治区内での人権弾圧報道が正しいということが分かる。

政治家ではなく、有名なプロサッカー選手の指摘に対し、中国側はそれが間違っているのならば、丁寧に説明し、理解を求めるべきだが、中国共産党政権は初めに「批判」、次は「制裁」、そして嫌なことをいう人物への「口塞ぎ」をしているわけだ。もちろん、「中国のサッカーファンの怒り」という理由でエジル選手叩きをしているが、典型的な共産党独裁政権のやり方だ。

エジル選手はトルコ系出身ということもあって世界のイスラム教国に対して、「我々の兄弟のイスラム教徒が迫害されている。中国政府の人権弾圧を厳しく批判すべきだ。西側の政府やメディアは中国のウイグル人迫害を報じている」と指摘し、イスラム教国に対し中国側の圧力に屈すべきではないと咤している。

一方、アーセナル側はエジル発言から一定の距離を置き、「チームは如何なる政治的ステイトメントも出さないという原則に立っている。ウイグル人弾圧批判はエジル個人の意見でチームとは関係がない」と弁明し、中国側の批判をかわしている。

西側メディアによると、ウイグル自治区では数十万人のウイグル人が強制収容所に送られ、中国共産党思想の再教育を強いられている。中国側は同収容所を「教育センター」と呼び、「職業訓練所」と虚言を吐いている。中国共産党政権は1949年、元オスマントルコの共和国を併合し、ウイグル人をテロリスト、分離主義者として批判してきた経緯がある。

ところで、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は先月24日、中国共産党政権の機密文書「チャイナ・ケーブルズ」(China-Cables)を公表したが、それによると、中国は同国北西部にウイグル人強制収容所を設置し、ウイグル人を組織的に弾圧し、同化政策を展開しているという。

同文書によると、中国側の主張に反し、収容所は自由意思ではなく、強制的に送られた人々で溢れ、少なくとも1年間は収容されるという。ウイグル人は24時間、監視され、データーバンクに情報が集められる。海外居住のウイグル人に対しては、その国に派遣された中国大使館や領事部の外交官がウイグル人の言動を監視し、不審な言動をするウイグル人は中国に帰国すれば即逮捕され、強制収容所に送られる。

IAはその公式サイトで、「中国側の大規模な拘束は、同自治区で『脱過激化条例』が制定されたことが契機だった。同条例の下では、公私の場を問わず、イスラムやウイグルの宗教や文化に関わる行為を『過激派』だと見なされる」と指摘している。

例えば、「普通でない」ひげを蓄える、全身を覆うニカブや頭を隠すヒジャブを着用する、定時の祈り、断食や禁酒、宗教や文化に関わる本や文書の所持などが「過激派」と受け取られるという。中国当局は、「テロへの対抗措置」だとして、これらの対応を正当化してきた(「宗教の中国化推進5カ年計画」とは」2019年3月22日参考)。

中国共産党政権が有名なサッカー選手の「ウイグル人弾圧」への批判に神経質になるのは当然だろう。エジル選手の批判は「正論」だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。