クリステンセン教授の死去に思う、平成日本の敗因

2020年02月09日 06:01

「ウィニー事件」弁護人の話に思う、平成日本の敗因で、平成元年と31年の世界時価総額ランキング(出典:「平成最後の時価総額ランキング。日本と世界その差を生んだ30年とは?」、以下「平成時価総額ランキング」)上位10社の国別・業種別内訳を比較した。国別に見ると、元年に7社を占めていた日本は31年には皆無。業種別に見ても、元年には2社だったIT・通信が7社に増え、しかも上位4社はアップル、マイクロソフト、アマゾン、グーグルの米IT企業。

このうち、アマゾン、グーグルと9位のフェイスブックの3社はいずれも平成生まれ。中国の2社(アリババ、テンセント)も平成生まれであることから、上位10社中7社を占め、うち5社は平成生まれというIT・通信業界で、米中のようにスーパースターが生まれなかったのが平成日本の敗因であるとした。

破壊的イノベーションとは?

スーパースターが生まれなかった理由は、平成日本のIT・通信業界では破壊的イノベーションが実を結ばなかったためである。破壊的イノベーションは1月末に亡くなったクレイトン・クリステンセン ハーバード大教授が名著『イノベーションのジレンマ』で紹介した。「技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」という副題がついているようにイノベーションが大企業からは生まれにくいことを説いた。

クレイトン・クリステンセン教授(Wikipedia)

教授はイノベーションを持続的イノベーションと破壊的イノベーションに分類。ハードディスク業界などの例をとりあげて、実績ある企業は、ごく単純な改良から抜本的なイノベーションまで、持続的なイノベーションをリードする技術力を持ってはいたが、破壊的技術を率先して開発し、採用してきたのは、いつも既存の大手企業ではなく、新規参入企業であることを実証した。

教授の理論は音楽配信サービスにもあてはまる。2000年代初め、ウォークマンが携帯音楽プレイヤーの主役の地位を占めていた時代のソニーは、アップルに比べれば大企業だった。しかし、CD販売の音楽事業を持つため、共食いを恐れ、音楽配信サービスに踏み切れなかった。

01年に携帯音楽プレイヤーiPodを発売したアップルは、03年にiTunes Storeを立ち上げ、安価(1曲99セント)で使いやすい音楽配信サービスを提供して大ヒットさせた。その後、iPhone(スマホ)、 iPad(タブレット型PC)を次々と大ヒットさせ、平成31年の平成時価総額ランキングではトップに躍進した。

躍進するネットフリックス

そのアップルがシリコンバレー生まれの音楽会社だとすれば、ネットフリックスはシリコンバレー生まれのテレビ局。平成9年(1997年)生まれだが、平成31年の平成時価総額ランキング50位を占め、その成長率から日本勢で唯一50位以内に入っているトヨタ自動車(43位)を抜くのも時間の問題。

ネットフリックス本社(筆者撮影)

郵便によるDVD宅配レンタルからスタートしたが、07年にはネット配信を開始。当初は他社のつくったコンテンツをライセンスして配信していたが、13年には自社制作に乗り出し、処女作の「ハウス・オブ・カード 野望の階段」では豊富な資金力とユーザーの視聴履歴のビッグデータを活用したストーリー作りで、いきなりテレビ界のアカデミー賞といわれるエミー賞を受賞。

日本でも火花などオリジナル作品の製作を始め、19年夏から配信した全裸監督はすぐに続編も決まった。

IT企業によるテレビ局買収の試み

イノベーションで革新が起こるのは技術だけではないことから、イノベーションを「技術革新」と訳したのは誤訳であるとする指摘がある。確かに制度によって革新を起こすイノベーションもある。そうした制度イノベーションまで含めると、平成日本の放送業界にも破壊的イノベーションの試みはあった。

最初の試みがソフトバンクによるテレビ朝日の買収。96年、ソフトバンクはメディア王ルパート・マードックの豪ニューズ・コーポレーションと合弁会社を設立してテレビ朝日株を取得した。二つ目の試みが05年のライブドアによるフジテレビの親会社であるニッポン放送の株式取得。

ソフトバンクのメディア王と組んだテレビ朝日買収、敵対的買収対策の不備をついたライブドアのフジテレビ買収とも、業界に破壊的インパクトをもたらす試みだった。当時店頭市場上場企業にすぎなかったソフトバンクとしては、マードックと組むことは買収成功のための必要条件だったが、これが裏目に出て政界からも外資によるメディア支配の懸念が表明された。ライブドアも敵対的買収という手法に対する反発を買った。

このため、両社とも取得株式を買収先企業に売却せざるを得なくなり、買収作戦は失敗に終わった。

竹中放送改革

IT企業によるテレビ局買収の試みは既存の制度を使ったイノベーションだったが、制度自体を変えようとした、より破壊的なイノベーションも放送業界にはあった。06年1月、総務大臣だった竹中平蔵氏(現東洋大学教授)は、私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」(座長松原聡東洋大学教授、以下、「竹中懇」)を発足させた。

構想を発表した05年12月の記者会見で竹中氏は、「国民から見ると放送と通信というのはシームレスである」。「なぜ、インターネットでテレビの生放送が観れないのかと思っている人も多いと思う」。そうした素朴な疑問に対して国民に納得してもらえるような議論をしたいと述べた。

06年6月、竹中墾は報告書をとりまとめたが、キー局が番組をネット配信した場合の地方局の経営の問題等への配慮から踏み込み不足の結論に終わってしまった。小泉元総理の懐刀として要職を歴任し、総務大臣としても郵政民営化を実現した同氏の腕力をもってしても実現には至らなかった(詳細は拙著『著作権法がソーシャルメディアを殺す』参照)。

竹中氏が提起した「なぜ、インターネットでテレビの生放送が観れないのか」との素朴な疑問に対しては、10年以上経過してようやく解決の兆しが見えた。19年5月に成立した放送法改正でNHKの常時同時配信が認められた。しかし、9月に就任した高市早苗総務大臣は、10月にNHKが認可申請した常時配信の実施基準案に対して見直しを求めた。

異例の待ったをかけられたNHKは、11月に配信時間を限定するなどの見直し案を申請し、20年1月に総務省の認可を受けた。このため、諸外国では07年の英国を皮切りにドイツ、フランスや韓国でも導入ずみの公共放送による常時同時配信がいつ実現するかは依然として不透明。

黒船騒ぎを繰り返さないために

15年にネットフリックスが日本市場参入を発表すると、黒船騒ぎになった。04年にアップルが音楽配信で日本市場に参入した時と全く同じ現象である。アップル、ネットフリックスとも業界の外から破壊的イノベーションで参入し、急成長すると同時に業界地図も塗り替えてしまった。

対して、放送業界も含め日本の産業界は岩盤規制に守られた参入障壁で、こうした破壊的イノベーションを何とか食い止め、既存の業界秩序の破壊を一時的には免れてきた。しかし、国内では参入障壁に守られて温室育ちの日本勢は、破壊的イノベーションで急成長を遂げた米国勢が参入してくると、日本市場まで草刈り場にされてしまう歴史を繰り返している。

こうした悪循環を断ち切るため、破壊的イノベーションを阻んでいる参入障壁を取り除くことも令和日本の課題といえる。

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国際大学GLOCOM客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州・首都ワシントン)

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