経済の危機は命を奪います:新型肺炎のリスク管理

2020年02月23日 11:31

クルーズ船内で消毒作業に当たった自衛隊員(自衛隊ツイッターより)

新型コロナ・ウィルスの話題が日本列島に吹き荒れる中、巷の議論に最も欠けていることは、【定量的リスク分析 quantitative risk analysis】に他なりません。リスクを定量的に明示することなしに【リスク管理 risk management】を展開することは論理的に不可能です。

そもそも【リスク risk】というのは何かといえば、何らかの【ハザード hazard】が発生して損害を与えるという【リスク・シナリオ risk scenario】におけるハザードの【生起確率 probability】とハザードが与える【損害 damage】の積、すなわち、ハザードが与える損害の【期待値 expectation】であると言えます。

 リスク = ハザードの発生確率 × ハザードが与える損害

ヒステリックに展開されている巷の議論を聞いていると、必ずしも実務的なリスク管理に資する有効な議論が行われているとは言えません。多くの議論は「リスク・シナリオの想定」に終始しているだけで、リスク分析の根幹であるハザードの発生確率およびハザードが与える損害の【推定値 estimate】あるいは【概算値 approximate】を根拠にした定量的議論は殆ど行われていないのです。

勿論、【定性的リスク分析 qualitative risk analysis】もリスク・シナリオのスクリーニングのステージでは有効ですが、具体的な対策を行うステージでは「運」に任せた粗雑な結果しか生みません。

日本でCOVID19のパンデミックが発生して東京五輪が中止になるという【ブラック・スワン black swan】は想定すべきリスク・シナリオの一つです。このハザードによる損害をオーダーで概算することはそんなに困難なことではないでしょう。

問題の本質はその発生確率がどの程度であるかということです。少なくともこの値をオーダーでおさえていない限りは、有効な【ブレイン・ストーミング brain storming】も展開できません。勿論、その概算の根拠も必要です。

一方、当該リスクシナリオにおけるパンデミックを発生させないためには何らかの【対策 countermeasures】が必要となります。例えば、過去2週間以内に中国本土に滞在した履歴を持つ渡航者を入国させない、あるいは国内における各種イヴェントを中止にするなどが考えられます。ここで重要なのは、その対策による【リスク低減効果 risk reduction】とその対策によって発生する【loss 損失】を算定することです。

政策提案者は、対策によるリスク低減効果、すなわち現時点で渡航禁止やイヴェント中止を行うとパンデミックの発生確率をどれだけ減少できる可能性があるのか(どれだけ低減効果があるのか)、少なくともオーダーで示す必要があります。勿論、その算定の根拠も必要です。

一方で政策提案者は、現時点で渡航禁止やイヴェント中止を行うと損失がどれだけ発生するのかを少なくともオーダーで示す必要があります。当然のことながら、渡航禁止やイヴェントの中止を行えばそれに見合った経済的損失が発生します。

このようなリスク管理の常識の中で、今回の議論において極めて軽視されているのが、新型コロナウィルス対策が日本経済に与える負の影響です。GDPが大幅にマイナス成長した直近の四半期の経済パフォーマンスを考えれば、問題の本質は「命と金とどちらが大切か」といったありがちの二者択一ではありません。新型コロナウィルス同様に、経済の危機もまた、人間の命に大きな影響を与えるからです。この記事では、その極端な例である「自殺」を例にとり、説明して行きたいと思います(説明に用いるデータは、約3年前の[過去記事]の分析データをアップデイトしたものです)。

日本における自殺とマクロ経済指標の時系列変動

基本的に自殺というものは、それぞれの個人をとりまくミクロな環境(直接的な外的要因)がトリガーとなって発生します。ただし、そのようなミクロな環境の一部が、マクロな社会環境が背景となって生じていること(間接的な外的要因)は自明です。

そして、この場合、マクロな環境を表す指標値と自殺者数の間には相関関係が認められることになります。非常に重い内容ではありますが、社会の究極の苦悩を表していると考えられる自殺のマクロなメカニズムを客観的に捉えておくことは、社会の構成員である私達にとって非常に重要なことであると考える次第です。

日本における自殺に関するデータについては、厚生労働者がwebsiteで公開しています[自殺対策白書]。このデータを基に自殺者数の推移を男女別に整理したものが次の図です。

自殺の主要な要因としては、健康問題、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題、男女問題、学校問題を挙げることができます。このうち、最も大きいのは健康問題ですが、時間変動が最も大きいのは経済・生活問題であると言えます。

経済・生活問題を要因とする自殺者数は、バブル崩壊・アジア通貨危機・リーマンショックなどの経済危機が発生すると、増加する傾向が認められます。また、バブル景気やアベノミクスなどの見かけの好景気が訪れると低下する傾向があります。

家庭問題、勤務問題、男女問題を要因とする自殺者数は、変動幅の絶対値は大きくありませんが、それぞれ一定の相関性を持っています。最近では民主党政権時に最高値を記録しています。



これらの自殺者数を目的変数に、各種経済指標を説明変数にして、【VAR過程=多変量自己回帰過程 multivariate auto-regression process】のモデル化を行い、目的変数の重要なコントローリングファクターとなっている説明変数を調査しました。分析に用いた説明変数は、名目GDP・実質GDP・日経平均株価・失業率・消費者物価指数・実質賃金指数・労働時間指数です。

FPECという情報量規準によりVAR過程にモデルフィッティングした結果としてわかったことは、すべての自殺者数に支配的な影響を与えているのは失業率であるということです。また、すべてのケースにおいて、時間遅れをもって支配的な影響を与えるのは1年前までの変動であり、それ以前の変動の影響は極めて小さいことがわかりました。

マクロ経済指標と自殺の相関関係

まず、失業率と自殺者数の関係に注目します。下図は、失業率と自殺者数、経済・生活要因による自殺者数、勤労要因による自殺者数の関係を示したものです。



小泉政権や民主党政権のような効率至上主義の小さな政府の政策は、経済原理に基づいて事業を仕分けするものであり、失業者の発生を許容するものです。この2つの政権時に自殺者数がもっとも多かったことは理に適っていると言えます。

一方、安倍政権のような金融政策に踏み込み財政出動をコミットする適度に大きな政府の政策(現代リベラリズム)では、雇用機会を増やして職に就いていない国民に雇用を与えるものであり、失業率は低下します。この結果、特に経済・生活要因の自殺者数は年間4000人程であり、小泉政権や民主党政権の時代と比べて半減しています。

もちろん、アベノミクスには大きな副作用も想定されるので将来不安は拭えませんが、現在までに経済・生活困窮による自殺者を半減させているという点で大いに評価されるべきであると考えます。野党は、安倍政権を弱者切り捨ての悪魔の政権のように宣伝していますが、むしろ建設業界の労働者などの弱者を切り捨てて自殺に追い込む社会を作っていたのは民主党政権であったと言えます。

ちなみに、失業率の前年比と自殺者数の前年比との関係にも一定の相関性が認められます。これは、失業率の増減が自殺の増減に即座に影響を与えることを示しています。

名目GDPと実質GDP(名目GDPから物価変動を取り除いたもの)のうち、どちらが自殺に与える影響が強いか(相関性が高いか)と言えば、下の二つの図で明らかなように名目GDPです。


やはり人間は、見かけの値にとらわれてしまうということでしょうか。楽観して自殺を取りやめたというのであればよいのですが、悲観して自殺してしまったというのであれば悲しすぎます。

ここで、誤解を恐れずに言えば、民主党政権が行った原発停止は原発稼働よりも人間の命に過酷な政策である可能性があります。原発停止から数年間、日本は新たな原油の輸入に年間3兆円を費やしました。この3兆円に乗数効果の消失を加えれば、GDP押し下げ効果は莫大であるといえます。

GDPの押し下げが失業率に負の効果を与えてきたことは【オークンの法則 Okun’s law】から自明であると同時に、企業の生産性を低下させるエネルギーコストの上昇も失業率に負の効果があり、潜在的に自殺率を押し上げていると考えられます。立憲民主党や共産党が「原発停止は命を守る政策である」と単純に主張していることには大きな問題があります。

さて、意外なのは、実質賃金と自殺者数の増分(前年比)との関係です。

このグラフを単純にみると、実質賃金が高い方が自殺しやすく、実質賃金が低い方が自殺しにくいということになります。この関係の意味についてはより詳しい分析が必要です。

例えばアベノミクスの場合には、今まで職に就いていなかった人たちが新たに雇用されたため、賃金の平均値は低くなりましたが、国民が実際に手に入れた賃金の総額は増加しました。したがって、この図を単純に解釈すると状況を見誤る可能性があります。

次の図も悩ましい図であると言えます。

このグラフを単純にみると、物価が低い方が自殺しやすく、物価が高い方が自殺しにくいということになります。生活に困窮する消費者の立場に立った場合、物価は安い方が好都合ですが、そのようなデフレ環境自体が行き詰っていると言えなくもありません。

さて、最後に労働時間と自殺の関係について見て行きます。下図は労働時間と自殺者数(勤労要因)の関係を示したものです。

この図を見ると、労働時間が短いほど勤労問題に基づく自殺が多いということになります。この図も単純に解釈してはならないようです。つまり、「労働時間が短いから勤労問題に基づく自殺が多い」という矛盾した解釈ではなく、「労働時間が短いような時代には、勤労問題に基づく自殺が多くなる要因がある」と解釈して、その要因を深く分析する必要があると考えられます。

次に示す労働時間の前年比と自殺者数の前年比(経済・生活要因)の関係は比較的解釈しやすいと言えます。

労働時間が減ると経済・生活に困窮した自殺が増加するという解釈は理に適っています。

経済は人の生死を大きく左右する

以上示したように、経済の状況が人の生死を大きく左右するということは疑いの余地もありません。今回の新型コロナウィルスの事案でも、朝から晩までヒステリックな報道が続き、日本経済のセンティメントは完全に凍り付いています。感染症に対する注意喚起は重要ですが、定量的リスク分析の議論がないままに、風評によるパニックで日本経済がボロボロになるのは看過できません。当然のことながら、日本経済がボロボロになれば、国民の生活が疲弊し、貴重な人命も失われることは自明です。

雑音にとらわれることなく、政府のアナリストが早急にリスクを分析し、最善の策をとることが重要です。勿論、現在の方策が最善の策である可能性もありますし、中国滞在者の入国拒否が最善の策である可能性もあります。いずれにしてもその取り組みの説明が必要であることは確かです。

なお、すべての問題の根源にあるのは、共産党が支配する中国というモンスターにリスク・ヘッジもせずに飛び込んだ日本企業のポリシーです。中国共産党が続く限り、徐々に撤退していくべきと考える次第です。

最後に、安倍政権になって日本の自殺者数は民主党政権時よりも年間1万人減少しました。これは年間交通事故死亡者数(3215人/2019年)の約3倍の値です。長期政権で数万人の日本国民の命を救ったことになります。

私が考えるに、安倍政権の最大の功績は、失業率を80年代のレベルまで奇跡的に低下させ、多くの人が職に就いて小さな幸せを得ることができたことであると考えます。上のグラフはそのプロセスを証明するものです。一部から根拠なく「金持ち優遇の独裁政権」と呼ばれる安倍政権こそ、自ら命を絶つ最も不幸な弱者に寄り添った真のリベラル政権であると考える次第です。

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