新型肺炎の風評で日本はまた国益を失うのでしょうか

藤原 かずえ

2020年2月25日、日本政府は「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を発表し、感染防止に取り組んでいますが、その中で、中国人の入国を禁止しないことへの批判が根強く残っているようです。

ところが、実際に中国人の入国を禁止することで、どれだけ感染防止効果を期待できるのかについてはまったく定量的に示されていません。

そこで、米国・ジョンズ・ホプキンズ大学の[COVID-19特設website]のデータを基にその感染防止効果がどの程度のものなのか、概算してみたいと思います。

感染確認数の空間分布

次の表は、ジョンズ・ホプキンズ大学が2020年2月27日10:40pm発表の各地域における新型コロナウィルスの感染状況を示すデータです。

中国大陸における感染確認数の空間分布は、感染源とされている湖北省の武漢を中心に等次元状に拡がっています。

物質の拡散現象と同様に、武漢との距離が近い省ほど感染確認数が多くなる傾向がありますが、その値は武漢よりも2オーダー(2桁)程度低くなっています。

武漢のある湖北省は10万人に100人程度の感染確認者、他の地域は多くても10万人に2人程度の感染確認者です。多くの欧米人はすべての中国人を怖がっているようですが、実際には湖北省でも感染確認者は1000人に1人程度なのです。

日本政府は今回の新型コロナウィルスに関連して、湖北省に2週間以内に滞在歴のある外国人と、湖北省発行の中国旅券を所持する外国人の入国を拒否し、その後に浙江省にも対象を拡げました。

つまり日本への入国制限は、湖北省と浙江省からの渡航者のみです。この措置に対して、一部の人達は、中国のその他の地域から日本に感染者がどんどん流入してきているとしてヒステリックな安倍首相批判を展開しています。

アクティヴな感染確認者の数

現在治療中のアクティヴな感染確認者の数は、感染確認数から死者数と回復者数を差し引いたものなので、全中国・湖北省・浙江省に存在するアクティヴな感染者数は次の通りです。

全中国:46522人(=78497人-2744人-32870人)
湖北省:39572人(=65596人-2641人-23383人)
浙江省:272人(=1205人-1人-932人)

ここで、来日する可能性がある湖北省・浙江省以外のアクティヴな感染確認者の数は、全中国の値から湖北省・浙江省の値を引いたものであるので次の値になります。

来日の可能性がある感染確認者:6678人(=46522人-39572人-272人)

来日の可能性がある中国人の数は、中国の人口から湖北省・浙江省の人口を引いたものであるので次の値になります。

来日の可能性がある中国人の総数:128159万人(=139538万人-5902万人-5477万人)

ゆえに、来日する中国人におけるアクティヴな感染確認者の割合は、来日可能性があるアクティヴな感染確認者の数を来日の可能性がある中国人の総数で割ったものとして次のように求められます。

来日する中国人における感染確認者の割合:0.00052%(6678人/1395380000人)

これは10万人に約0.5人の割合です。法務省の見解によれば、2020年2月26日現在、日本への中国人の入国者は1日800人前後ということですが、これを月に直すと24000人前後ということになります。このときに、中国人のアクティヴな感染確認者がひと月に来日する期待値は次の通りです。

中国から来日する感染確認者数の期待値:約0.125人/月(=24000人/月×0.00052%)

日本国内に200人弱の感染者が既に確認されている中、この値は無視できるほど小さな値であることは自明です。たとえ、中国共産党が感染確認数を実際の1/10に捏造していたり、実際の感染者数が感染確認数の10倍存在している場合でも、中国からの感染者は、月に1人しか入ってこないレベルなのです。

吹き荒れる風評

一部の人達が声高らかに喧伝する「感染者が中国から日本へどんどん入って来ている」というのは、計算結果からも明らかなように、蓋然性を著しく欠いた言説に他なりません。一部の人達は、リスク計算を怠り、「日本政府は国民の命よりも中国が大事」といったような風評を流すことによって国民の【ルサンチマン ressentiment】を煽りながら、安倍首相をヒステリックに批判しているのです。

実は人間には、確率に基づくことなく、個人の思い込みで独善的なシナリオを創作して意思決定してしまう傾向があります。これを【確率放棄バイアス neglect of probability】といいます。日本政府は風評に屈してはいけません。風評を基に日本の取り組みを低評価している国があれば、説明を尽くして風評を取り除く必要があります。

今回の新型肺炎の話題に関しては、福島第一原発や豊洲市場の理不尽な議論のような根拠のない風評が吹き荒れています。人は不安になったり状況をコントロールできない時に【陰謀論 conspiracy theory】【都市伝説 urban myth】を信じてしまう傾向があるのです。これを【軽信バイアス gullibility bias】といいます。

日本のマスメディアは、このバイアスを悪用し、ダイヤモンド・プリンセス号の感染数を日本国内の感染数として世界に発信することで、日本を世界最大級のウィルス感染大国であるかのような風評を造り上げました。最近では、PCR検査を国民全員に行うことを推奨する医師をワイドショーのコメンテーターとして多用し、医療崩壊を助長するような偏向報道を繰り返しています。

一部にある「浙江省の感染確認数は、湖北省・広東省・河南省に次いで4位なのに、なぜ日本政府は湖北省と浙江省だけを入国拒否するのか」という政府批判も的を射ていません。人口10万人あたりの感染確認数は、広東省は1.19人、河南省は1.35人であり、浙江省の2.20人と比べて大きな開きがあります。感染の生起確率が高い浙江省から優先的に入国拒否するのはリスク科学分野の基本原理であり常識です。まさに、リスクという概念を全く理解していない素人が、非論理的な根拠で政府の専門家をバカにして、ヒステリックに批判しているのです。

ちなみに、2月26日に日本政府が韓国の一部地域を入国拒否したのは、あくまで数値的な観点からすれば極めて論理的です。この日、韓国の人口10万人あたりの感染確認数(2.23人)が入国拒否している浙江省の値(2.20人)を抜き、武漢のある湖北省(110.45人)に次いで世界第2位になったからです。このレベルを入国拒否のスレッショルドとするのが適切かどうかは別にして、日本政府の基準はブレていません。

最後に、私は中国共産党こそこの世界の最大の病理だと思っています。トランプ大統領が経済を使って中国共産党を徐々に弱体化させていることには強く賛同しますし、日本企業が中国から投資を引き揚げてほしいと強く願っています。しかしながら、そのプロセスは日本国民が過度なダメージを受けない速度で行っていくべきであり、過度にステップワイズなパルスを経済に作用させると、ダメージを受けるのはむしろ自由経済体制の日本側になります。経済は静かに人を不幸にし、人命を奪うのです[前回記事]

日本国民はまた、一部の風評に踊らされて、多大な国益を失うのでしょうか。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2020年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。