『Winny天才プログラマー金子勇との7年半』を読む④

組織をあげて有罪に陥れようとした検察(「7.ファーストインパクト」より)

順番が前後して申し訳ないが、検察が組織のメンツにかけて金子氏を罪に陥れようとしていた事実についての記述を著者の了解を得て引用する。

(前略)

「今日来たのは、検察官が、この事件をどうしたいかをお伺いしたいと思いまして。」

私の少し慇懃無礼な質問に対し、これまたいかにもお役人答弁よろしく伊吹検事は答えた。

「まだ、なにも決めてるわけではないですよ。」

その発言は、何も決めてないわけがない。 むしろ、何として も起訴するつもりであることがヒシヒシと伝わってくるものであった。

「いやいや、これまでの経験だと、有罪がつらい事案について、罰金で落とせるかを打診してくるのが普通なので、検察官がそういうのを言ってこないのはなぜかなと思いまして。」

私は、「起訴する気満々 なんだったら 、まどろっこしいこと言わんと端的にそう言え」ということを、京都地検ゆえの京都風味で伝えながら 続けた。

(中略)

「ネットで拝見しましたが、寄附が結構おありになられたそうですね」

検事は論点をずらそうとする。今は、そんな話してんじゃねぇだろ。

そこで、 私は核心を聞くことにした。

「検察官はいかなる理由で幇助が成立すると判断されているの ですか。今回 の事件は、正犯が誰かすら知らない状況ですよね。誰か1 人でも悪いことをする人がいたら幇助になるのであれば、自動車なんて殺人幇助以外のなにものでもない。これが罪になると後々まで悪影響が残る。故に私たちも全てをかけて無罪を目指します」

これに対して検事は、

「そういう意見もおありということは、お聞き致しました。証拠を精査して判断したいと思います」

とこれまたお役所回答であった。

頭に来た私は、やんわりと言った。

「検察官、そのわりには、結構、穏やかならない調書を取ろうとされておられたじゃないですか」

「いや、彼・・・、当初は、話をしてくれたのですけどねぇ。途中から、なぜか話してくれなくなって」

検事は悪びれる様子も無く答えた。

「貴方が、デタラメな自白をとろうとしたからでしょうが。とにかく、取り調べで恫喝するのをやめてもらえませんか」

検事は署名指印を拒否した瞬間、「お前は責任を取らないのか」と立ち上がって、大声を出して、調書に署名させようとしていたと金子から聞いていた。しかし、検事はこれ にも 悪びれ た 様子もなく、

「それは見解の相違で」

と答えた。

その態度に、私は検察が、組織のメンツをあげて彼を罪に陥れるつもりであることを確信し、この事件が長い闘いになることを覚悟した。

この後、連載③のとおり、京都地裁は有罪判決を下した。以下、連載③の最後に紹介した「Winnyのビジネスチャンス」を続ける。

続Winnyのビジネスチャンス(「38.高裁尋問後編」より)

2009年6月11日に大阪高裁で開催された尋問での弁護側の二人目の証人は、田中辰雄慶応大経済学部准教授だった。田中氏は以下のように証言した

「本件のコンテンツビジネスに与える影響についてどう思われますか」

「著作権法は、創作者の利益と利用者の利益をバランスさせる法律だと思っています。最適な保護水準がどこかというのはいま論争中です。これは将来、様々な試行錯誤の結果、いろいろな民事上の解決がなされていくというふうに思われます。刑法でこれを罰してしまうと言うのはどちらかと言えば乱暴な方法でありまして、可能性の芽を摘むという意味ではマイナスだと思います」

田中辰雄教授(国際大学GLOCOMサイトより)

「可能性の芽を摘むという意味ではマイナスだと思う」との指摘については、米国の経済学者の実証研究がある。1994年6月13日付の米エレクトロニックニュース誌は、「エレクトロニックの画期的発明―当初予想されなかった成功」と題する記事で、スタンフォード大学の経済学者ネイザン・ローゼンバーグの研究成果を報じた。以下、筆者なりに要約する。

過去50年から60年間のエレクトロニック分野の技術革新は、最初に導入された時には十分調査されていなかった。電話・ラジオ・レーザー・コンピュータ・蒸気エンジン・ビデオレコーダー等の多くの発明は、これらの技術を発明したり、目撃した人たちが必ずしもその社会経済的なインパクトを予測していいたわけではなかった。後から振り返ると、20世紀の大きな発明の多くは、当時の人たちにとって必ずしもその将来が明確ではなかったことが分かる。

発明の将来の使用法や市場の予測に失敗した例として以下のものが挙げられる。

  • 無線を発明したマルコーニは、1対1の通信用に利用されるものと予想し、放送に利用されるとは考えていなかった。
  • アレキサンダーグラハムベルが、1876年に電話を発明した時、電信の改良というタイトルで特許を申請した。このため、ウェスタンユニオン社はたったの10万ドルでこの特許を買う機会を断ってしまった。
  • 1947年のトランジスターの発見は、ニューヨークタイムズ紙がトップニュースではなく、小さなコラムで取り上げ、聴覚障害者のためのヒアリングエイドとして使用されるだろうと紹介した。
  • ビデオテープレコーダー(VTR)の発明者も商用市場はテレビ局に限られると考えた。松下とソニーが設計と製造に小さな改良を重ねた結果、家庭にも売れるようになった。

日本のインターネットの先達たちも異口同音にWinnyの可能性を認めている。

金子氏が、新しい、P2P ファイル共有ソフトの開発宣言をした「2ちゃんねる」開設者のひろゆき氏は以下のコメントを寄せている(「刊行によせて」より)。

LINEでの動画共有とかビットコインなどの仮想通貨とか、P2Pといわれる技術が使われ ています。その最先端がWinnyでした。金子さんがいれば、日本で発展した技術が世界で 使われて、世界中からお金が入ってくるみたいな世の中にできたかもしれなかったんです けどね。

西村博之氏(Wikipedia)

連載③で紹介したとおり、「Kazaa っていうボロWinny ですらSkype を生んだんだ」とKazaaを酷評した村井氏は、「Winny が何を生み出すかを見たかったんだ。俺は」と続ける(「23.ミスターインターネット」より)。また、Winnyを「ソフトとしては10年に一度の傑作」と高評価する(「日経産業新聞」2004年5月25日付)。金子氏の訃報に接した際には「ひょっとしたらWinnyがビジネスの基盤に育っていた未来があったかもしれない。ただただ残念だ」と述べた(「msn産経ニュース」2013年7月12日付)。

村井氏が学界の「日本のインターネットの父」であるのに対し、実業界の「日本のインターネットの父」は、鈴木幸一インターネットイニシアティブ(IIJ)代表取締役会長である。鈴木氏は著書「日本インターネット書紀」(講談社、2015年)で以下のように指摘する。

たしかに、Winnyが実用にあたって十分な準備をしないまま世に出てしまったことは否定できないが、ファイルを共有する仕組みはきわめて効率的で、世界水準の発想と技術にもとづくものだった。ソフトウェアというのはある種の知恵であり、ちょっとしたアイディアが世界を変えることに面白さがある。Winnyはさまざまな可能性を感じさせた。