医学部で数学を勉強しないのが諸悪の根源

八幡 和郎

西浦博教授のシミュレーションをもとに接触8割減ならどうのこうのという対策が出され、それに対して批判もあって、アゴラでもさんざん議論されている。

ツイッター「新型コロナクラスター対策専門家」より

しかし、どうして、こんなことになるかといえば、この状況の根っ子には日本の医者が数学とか統計学に弱くこういう数字を扱える人が少ないという深刻な現状がある。そして、西浦氏がほとんど数字を扱える唯一の専門家だという事情もあるようだ。

もちろん高校段階での秀才が医学部に集中しているのだから、その時点では、日本中の高校生で数学がよくできるトップクラスの生徒のほとんどが医学部に入るのである。

しかし、大学に入ると、東京大学でいえば、ほかの理系の学生は、理Ⅰ(物理系)、理Ⅱ(科学・生物系)という大ぐくりで人気学科に入るためには一般教養科目でいい成績を取るべく頑張るしかないが、理Ⅲでは全員が医学部に行くことになっている。

そのほかの大学では、医学部はキャンパスも別のケースも多いし、クラブ活動も他学部とは別のことも多く、1年生の時からいい医者になるべく徒弟制度的な職業教育をやることになる。このごろは、解剖学など1年生から始めたりするらしい。

だから昔の医者のようにリベラルアーツを旧制高校でやってから医学部に進むのと違う。なにか、旧帝大医学部より旧医専に近いイメージだ。

だから、高校時代の数学の天才ももうその能力を磨くことなく朽ちていく。そのためにデータを見てもそれをプロフェッショナルに分析できる人が誠に少ない。

以前に高血圧の有名な薬で嘘の実験結果をあげてたことが発覚して大騒ぎになったことがあったが、それに最初に気がついた一人である京都の大学病院の先生と話していたら、某大学のデータが統計学上ありえない分布を示してたのでおかしいと思って検証したと聞いた。

日本の医学の研究者は統計が分からない人が多いので、偽データを見てもでっち上げだと気がつく人はほとんどいないが、彼は統計学を勉強していたので分かったらしい。

経済学について文系に属してるものだから数学のできない経済学者ばかりになっているのとよく似た状況である。

だから私はいつも言ってるように18歳から医者になる前提の職業教育をやるのではなくリベラルアーツをきちんと勉強させてから、改めてメディカルスクールの段階で選抜すべきだと思う。

そもそも、私は医学部を廃止して、医学・薬学・歯学・介護・衛生・獣医などを包含した健康学部にして、大学院レベルでそれぞれの専門にわけるべきだという意見だ。そのことで、医療関係の各専門職の垣根が低くなり封建的な意識もなくなり、風通しもよくなるだろう。

少なくとも、東大で言えば理Ⅲを廃止すべきだと思うし、一般教養の段階では他の学部と一緒に学生生活を送るべきだ。

(付記:Facebookで上記の趣旨を書いたらコメントでいろんな意見をいただいたのでいくつか掲載しておく)

  • 全国的に国家試験対策を優先する大学が増えているせいか、一般教養を削り低学年(1年生の途中)から解剖学など専門領域の授業を開始している傾向にありますね。先生が懸念されているようにこのままの流れでは、リベラルアーツから遠ざかることはあっても近付くことは無いでしょうね。
  • 西浦教授に関して書くと、もともと理系の高専生で、高専在学中に阪神大震災に遭って、AMDAの医師の奮闘ぶりをみて医学を志して‥‥ という経歴なので、理系のセンスがありますね。他の医者が太刀打ちできないのはそのへんにも理由があるのかも。
  • 医学部では職員定員の削減で社会医学や基礎医学講座の数が減り続けていることに問題があり、さらに、研究をする医者の数が大きく減っていることに問題があります。学部学生で「専門統計学」を学ぶ機会はなく、医者になって論文を書く上で統計を勉強するのです。その時に、詳しい統計学を使うのですが、それを教えることができるものが減っているのです。学部学生がマッチングで一般病院に就職し、そのまま専門医だけとる、あとは、勤務医になるにか開業するだけで、基本的な統計すら一生勉強する機会がない人間のほうが圧倒的に多くなっているのです。
  • わたしの大学では、医学部のサークルは、大抵 西医体や全医体など、医学部だけの体育会がありました。
  • 「8割おじさんは本当に正しいのか?」
    検証する論文を公開しました。 一ノ瀬俊明・田丹鶴・李一峰(2020):時空間ランダムウォークモデルによる感染対策の検証.国立環境研究所社会環境システム研究センターディスカッションペーパー(2020年5月7日)