コロナの拡大・収束の予測はバリデーションが不可欠 --- 山本 民次

2020年05月20日 06:02

「ヒトとの接触8割削減をしないと42万人死亡」という西浦氏の発表は極めて衝撃的であった。これは感染症の数理モデルから予測される結末であり、理論モデルとしては間違いではないが、その後いつまで経っても現実のデータとの照合(バリデーション)が行われないまま時間が過ぎた。

ツイッター「新型コロナクラスター対策専門家」より:編集部

現実的には、すでに発症者数が減少に向かい、すでに一部の特定府県を除き、緊急事態宣言が解除されることになった。このこと自体は大いに喜ぶべきことであり、「8割削減」を何としても達成したいという国民全員の我慢強さに敬意を表したい。

5月12日の夜にニコニコ動画で、西浦氏による感染症の数理モデルに関する解説があった。説明は丁寧で分かり易く、好感の持てるものであった。

それはそれとして、私としては必ず、バリデーションが行われるはず、と期待していたので、その期待は大きく裏切られた。

西浦氏には、5点ほどメールで直接質問したが、一週間経っても回答は無い。お忙しいのであろう。

私が携わってきた環境予測制御学の分野では、はるかに複雑な数値シミュレーションを行うが、バリデーションがなされなければ、計算結果が正しいとは判断されないし、決して論文にはならない。

3月にコロナが広がりを見せ始めたので、私は門外漢ながら、大橋順先生(東大)がネットに挙げている数式を使って、数値モデルを作成した。西浦モデル同様、実効再生産数に一定値2.5と入れただけではまったく現実を表せない。

そこで、いくつかの現実的なプロセス(後述)を加えて、モデルを完成させた。生態系シミュレーションに比べると感染症モデルはあまりに簡単なので、1時間くらいで作成できた。これに、厚労省HPで得られる公表データを用いてバリデーションを行い、将来予測を行った。

その結果、4月末をピークに、7月中旬あたりで収束することが予測されたので、フェイスブックやツイッターで4月中旬から公表し始めた。

大型連休後半に政府が緊急事態宣言の解除・延長を公表するとのことだったので、それに間に合うよう、4月18日には内閣官房、厚労省、マスコミ各社に情報提供したが、どこからも全く応答・回答が無かった。おそらくまだ緊急事態宣言下にある中で、収束を予測した結果など信用できないし、安易に扱えないということだったのであろう。

そこで、今さらであるが、ここに結果の概要を掲載させて戴く。当時の結果にさらに公表データを加え、5月17日までの計算とした。以下に概要を示す。

モデル:SEIRモデル(東大、大橋先生がネットで公表)
ソフト:Stella Architect ver. 1.9.1
条件・方法:潜伏期間4.8日(西浦)、回復日数10日(大橋)、軽症感染者(市中感染者、感染力有)、治療による治癒過程、入国感染者数を導入。実効再生産数初期値2.5とし、治療による治癒過程を一週間ごとにチューニングし、公表データによる入院患者数(発症者数-死者数-退院者数)、死者数、治療による回復者数のすべてが再現されるようにした。図1.

図1.コロナウィルス拡大・収束モデルのフレームワーク。赤色はチューニング部分。

結果について、以下に要点をまとめた。

  1. 入院患者数は4月下旬にピークを迎え、そのままの接触率が続けば、7月上旬に感染は収束(図2)。
  2. すでに2月中旬から実効再生産数Rtは0.5(2.5の8割減)以下(図3)。
  3. 累計死者数は800人程度(図4)。
  4. 期間中の市中感染者数3,000人弱
  5. 収束後の抗体保有者は60,000人弱(図2)。

数値モデルできちんとバリデーションすることで、上記1、4、5に関連して以下の通り、考察できよう。

  1. 実効再生産数が十分に低いこと。実効再生産数は、人流×接触率×防止措置(手指消毒、マスクなど)を表す総合的パラメータである。当初、西浦氏のいう「8割削減」が人流×接触率を指していたことから、いまだに内閣官房HPでは、「〇〇駅前の人出〇%減」などという情報が更新され続けている。この情報はいまだに誤解を解消できていないことを象徴している。やめたほうが良い。
  2. 市中感染者数は3,000人弱と多くはない。何の根拠もなく、10~20万人などという人がいる。この数を把握する目的で、PCRを大量導入する計画のようである。しかし、検体採取時のバラツキなどから測定感度は必ずしも高くないので、市中感染者数を把握することは困難である。
  3. 抗体保有者数は7月中旬で6万人弱である。この数を把握するために抗体検査が行われるようである。こちらも感度は高いとは言えない。今回の計算による概数の把握で十分ではないだろうか。

人出、接触率、防止措置のいずれが最も大きく感染拡大に寄与しているのかは、切り分けられないが、手指消毒やマスクの着用は重要であると思われる。 例えば、駅前の人出が今まで通りで、一部に市中感染者がいるとして、全員がハイタッチしたとしても、全員が確実に手指消毒やマスクを着用していれば、感染は無い。

国の対策専門家会議、クラスター対策班など、メンバーの多くは医師であり感染症専門家である。しかし、残念ながら、数式に詳しいのはひょっとして西浦氏だけではないだろうか。一人で将来予測を行うのは責任が重すぎた。

数値モデル解析は環境動態や人為的改変による生態系への影響などで普通に使われる手法であり、感染症モデルはそれらに比べて構造が単純で、簡単である。しかし、バリデーションを行わない限り、結果に命を吹き込んだことにならない。

バリデーションは、厚労省の公表データ(日々の感染者数、死者数、退院者数、入国感染者数)が分かればできる。これをせめて一週間ごとにでも行い、実効再生産数の推移と1か月後の将来予想を行うことは何ら難しいことではない。これを行ってこなかった専門家会議、クラスター対策班の責任は重い。

第二波が来ないとも限らない。気候変動予測の専門家会議であるIPCCのように、複数の研究者が計算したモデル出力結果を並べて、政策決定につなげる判断をして戴くことを政府・自治体等には強く望みたい。

なお内容詳細を、科学雑誌に投稿中であることを付記しておく。

山本 民次 広島大学名誉教授(農学博士)
環境予測制御学、とくに水圏の生態系・環境動態のシミュレーションについて約30年間教育・研究に携わってきた。2020年3月退官、「流域圏環境再生センター」を立ち上げ、環境動態に関する計算業務を専門で行う。

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