「ファクターX」発見のカギはここにある:日本の科学者の欧米偏重主義が問題の根源

2020年05月27日 22:00

緊急事態宣言によって新規感染者数が激減し、死者数も抑え込まれたため、「日本モデル」への注目があらためて高まっている。

日本の科学者層の「欧米偏重主義」

そこで問題になるのが、日本の科学者層の「欧米偏重主義」と言わざるを得ない世界観だ。偏った世界観に囚われている限り、「日本モデル」への冷静な分析はもちろん、コロナ危機の正確な認識もおぼつかないのではないか。

山中伸弥氏(Rubenstein/flickr)

たとえばノーベル賞科学者である山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所所長)は、「日本の感染拡大が欧米に比べて緩やかなのは、絶対に何か理由があるはず」と述べ、「何が理由なのかはわからないのですけれど、僕は仮に『ファクターX』と呼んでいます」と語った。

「なぜ日本の新型コロナ死者数は少ないのか?」山中伸弥が橋下徹に語った“ファクターXの存在”(文春オンライン)

また、「慶応大など8大学・研究機関」は、「日本人が欧米に比べ人口当たりの死亡者数が少ない点に注目し、日本人の重症化に関係する遺伝子を探す」のだという。

日本人、なぜコロナ死者少ない…研究班が遺伝子探す(読売新聞オンライン)

「欧米の死者数より日本の死者数が少ない」ことに驚いて研究に邁進するだけでも眉を顰めたくなるが、日本が「世界各国に比べて死者数が大幅に抑え込めた」とことを理由にして、「京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授と、吉備国際大学(岡山県)の高橋淳教授らの研究グループ」は、「実は日本人には新型コロナウイルスの免疫があった」と断言しているのだという。ここまでくると、ほとんど犯罪的だ、とすら思う。

世界がモヤモヤする「日本の奇蹟」を裏付ける”国民集団免疫説”…京大教授ら発表(プレジデントオンライン)

これらの科学者の方々は、現代世界にいくつの国があるのか、ご存知ないのだろうか?「この世界には、欧米と日本しかない」という恐るべき世界観にもとづいて、次々と怪しい仮説を国民に宣伝する無責任さには、呆れかえるしかない。

日本は「特別」なのか?

日本の取り組みの成績が、世界的に見てどの程度のところに位置づけられるのか、客観的に数字で見てみよう。そのためには、このサイトなどを見るのが一番便利だ(参照:worldometers)。213の国・地域における日本の位置づけが一目でわかる。

日本は累積感染者数で40位・死者数で28位に位置し、人口100万人あたりで見ると、累積感染者数で142位、死者数で94位である。213の対象国の中で真ん中くらいの順位だ。

大型連休終盤、人気の少ない渋谷(jamessharpe2/flickr)

もちろんこれは、世界各国が相当の努力を払っている中での成績だ。私はこの成績でも、日本は十分に堅実な成果を出している、と評価すべきだと思っている。ただし、この程度の世界中位の成績では、「日本人には特別な遺伝子がある」とか、「日本人はすでに集団免疫を獲得している」とかといった仮説を裏付ける根拠には全くならないはずだ。

ちなみに評判の悪いPCR検査数だが、日本は総数で世界31位、人口100万あたりで129位である。これも際立って多いわけではないが、最底辺でもなく、だいたい感染者数と死者数にみあった水準で検査を行っていると言えると思う。

他国を見て、まずすぐに気づくのが、感染者数・死者数において、欧米諸国が最悪の成績になっている、ということだ。

たとえば人口100万にあたりの死者数を上位から見ていくと、つぎのようになる。サンマリノ、ベルギー、アンドラ、スペイン、イタリア、イギリス、フランス、スウェーデン、オランダ領セント・マーチン島、オランダ、アイルランド、アメリカ合衆国、マン島、チャネル諸島、スイス、英領モントセラト、である。17位でエクアドルが出てくるまでの上位16位を欧州(とその海外領土)と合衆国で占めている。驚くべき地域的な偏差で、欧米諸国が、世界最悪の死者数を出しているのである。

つまり、世界の欧米以外の国々の全てが、「欧米より死者数が少ない」のである。それにもかかわらず、「欧米より少ない」というだけの理由で、科学者たちが「日本人には特別な遺伝子がある」「日本人は集団免疫をすでに獲得している」などと主張しているという状況は、驚くべき事態だ。

時代錯誤のつもりなのか根拠のない偏見を持ち、「世界には欧米と日本しかない」という世界観を持つ方々は、何を手掛かりにしてるのだろうか。欧米と日本以外では、真面目に検査をして感染者や死者を発見する能力もない、と疑っているのだろうか。

「致死率」で日本の成績を比べてみる

そこで感染者に対する死者の割合としての「致死率」を見てみたい。確かに各国の検査体制の充実度などによって、感染者総数の発見は、左右される。だが、よほどのことがないと、確定感染者の中から死者が出た際に、発見されない、ということはないだろう。

このworldometerサイトでは、感染者数に対する死者の割合はすぐにはわからないので、アルバイトを雇って213の国・地域の「致死率」を計算した。すると日本の致死率は5.0%で全体のワースト57位だということがわかった。最悪の致死率から数えて213件中の57位である。やはり中位の成績である。

「致死率」のワースト10位を見てみよう。オランダ領セント・マーチン島、イエメン、ベルギー、フランス、イタリア、イギリス、ハンガリー、オランダ、英領ヴァージン島、アンティグア・バーブーダ、である。カリブ海の小国のアンティグア・バーブーダと、戦争中の大混乱状態にあるイエメンを除くと、やはり全て欧州(とその海外領土)である。

大きな傾向を見るために、地域ごとの致死率を見てみよう(国連公式地域分類に依拠)。

アフリカ:3.0%(北アフリカ:4.6%、東アフリカ1.7%、中部アフリカ2.7%、南部アフリカ2.0%、西アフリカ2.1%)

米州:5.7%(北米:5.9%、カリビアン3.3%、中米8.8%、南米4.9%)

アジア:2.8%(中央アジア:0.6%、東アジア:5.1%、東南アジア:3.0%、南アジア:3.4%、西アジア:1.5%)

ヨーロッパ:8.6%(東欧:1.6%、北欧:12.4%、南欧:10.9%、西欧:10.5%)

オセアニア:1.4%

世界で致死率が10%を超えているのは、北欧・南欧・西欧だけである。次に高いのが中米と北米だ。実は世界平均は6.2%なので、世界平均より高い致死率は、東欧を除く欧州と中米だけであり、北米が全体で世界平均くらいだ(ニューヨーク市で7.9%)。

つまり欧州・北米・中米だけで世界平均を上げており、残りの地域は全て世界平均より低い、というのが現状である。
日本を含む東アジアの致死率も、世界平均の少し下くらいで、中位の成績である。

マスク姿のイギリスの人々(flickr)

結局、注目すべきは、欧州(中米・北米一部地域)の異常な致死率の高さである。
欧米以外の地域を見て、「欧米よりも低い」と言ってみることには、ほとんど何も意味がない。

それにもかかわらず、「欧米より日本の感染者・死者が少ない」ことを「奇跡」とか「不思議」とかと考え、「日本人には特別な遺伝子がある」「日本人はすでに集団免疫を獲得している」といった仮説の裏付けになるなどと主張してみせるのは、あまりに滑稽だ。

「ファクターX」前提のズレ

山中教授の「ファクターX」は、そもそもの問いのところでおかしい、と言わざるを得ない。「なぜ欧米より日本の感染者・死者が少ないのか」と問うことに、ほとんど何も意味はない。問うべきは、「なぜ欧米ではこんなに致死率が高いのか」である。

政策的事情で医療崩壊を起こしたこと、行動様式の問題、生活習慣や慢性疾患などの要素、さらには「自然免疫」の面で欧米人が不利になっている事情があるかもしれない。複合的な要素があるのではないだろうか。

ただ、いずれにせよ「なぜ日本では致死率が低いのか」ではなく、「なぜ欧米では致死率が高いのか」という問いを出すのでなければ、「ファクターX」が見えてくることはないだろう。

万が一にも、「世界には欧米と日本しかない」といった意味不明な世界観で、奇妙な仮説を事実であるかのように吹聴したうえで、これまでの「日本モデル」の成果の評価を拒んだり、今後の「日本モデル」の政策の妥当性の議論を妨害したりすることのないように、科学者の方々には、強くお願いをしたい。

関連拙稿:コロナ封じ込め成功?「日本モデル」とは何だったのか、その意義と成果(現代ビジネス)

(なお「致死率」計算に使った2020年5月26日GMT0時の世界COVID-19状況のデータは、こちらからダウンロードできるようにしておいた。)

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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