新型コロナ 感染のピークはなぜ3月末なのか

大澤 省次

安倍首相は、5月25日に緊急事態宣言を全面解除しました。49日間にわたる異常事態が、やっと終了することになったのです。

この措置は、当初の4月7日に7都府県だったものが、感染者の急増を受けて4月16日に全都道府県にまで拡大します。その後は、状況が改善した地域から徐々に解除され、5月25日が最後の日となりました。騒ぎが一段落したので、これで一息付けそうです。

では、なぜ感染が収束したのでしょうか。データを丹念に調べていく過程で、興味深い事実が次々と浮かび上がってきました。ここでは、私自身の備忘録として、今までに発見した内容を書き留めておくことにします。

全体像の整理

大まかに経緯を整理してみましょう。

  1. 1月から2月にかけて、中国・武漢から第1波が襲来し、3月末までに収束
  2. その後の3月に欧米で感染が爆発し、その余波で日本に第2波が襲来
  3. 3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国し(当時は邦人帰国者のPCR検査は有症状者のみ)、この状態が水際対策が大幅に強化される4月3日まで続く
  4. これらの無症状者が入国後に発症し、3月末から感染が爆発
  5. 実効再生産数Rtは0.7~0.8であったため、感染は4月3日の入国制限措置後に徐々に収束

というのがデータから導き出されたストーリーとなります。あまりにも単純なので、信じられない人も多いかもしれません。
順を追って説明していきましょう。

中国・武漢の第1波の収束から3月のヨーロッパから第2波の襲来まで

現在の日本で主流のウイルスは、中国・武漢由来のものではなく、欧米からもたらされたものです。それは、欧米で感染が爆発し、3月末の入国制限措置前までに大量の邦人帰国者が持ち帰ったものなのです。既に多くの識者が指摘しているので、ここではウイルスのゲノムを調査した国立感染症研究所の報告を紹介するだけとします。

中国発の第1波においては地域固有の感染クラスターが乱立して発生し、“中国、湖北省、武漢”をキーワードに蓋然性の高い感染者を特定し、濃厚接触者をいち早く探知して抑え込むことができたと推測される。

このSARS-CoV-2 ハプロタイプ・ネットワーク図[下の図]が示すように、渡航自粛が始まる3月中旬までに海外[欧米]からの帰国者経由(海外旅行者、海外在留邦人)で“第2波”の流入を許し、数週間のうちに全国各地へ伝播して“渡航歴なし・リンク不明”の患者・無症状病原体保有者が増加したと推測される。

しかし、厚労省の専門家会議が5月14日の資料では、3月中のウイルスの「輸入例」は300人程度で、1万6,000人もの感染者が発生したことが説明できません。全国の感染のピークは3月27日ですが、不思議なことにこの理由が何も書いてありません。*1

それは、感染がピークに達した4月中旬には、感染源が不明である「孤発例」(同5月1日資料の赤の部分)が大半だからです。わからないものは、そもそも説明のしようがありません。

ベースとなった都道府県の報告を読んでみると、この時期の多くのケースで、感染の経緯が「調査中」となっています。これは、最前線で対応する保健所のリソースが極めて不足した状態であることを示しています。感染者への対応が最優先で、統計や報告が後回しになるのはやむを得ないでしょう。

3月に2,000~3,000人の無症状者感染者がノーチェックで入国

混乱している現場の様子を頭に入れて、専門家会議の資料を読み解いていくと、当時の状況が明らかになってきます。

3月からの「流行地域」からの入国制限は、9日の中韓を皮切りに、21日にヨーロッパ、26日にはアメリカ、28日が東南アジアなどと、次々に拡大されていきます。しかし、PCR検査ができる検疫官は、羽田、成田、関空とも10人程度。この体制では、検査能力は大幅に不足です。このためか、厚労省が検疫所向けに出した通知にPCR検査が明記されたのは3月25日から。それ以前は14日間の隔離が中心となっていたようです。

邦人帰国者や外国人のレポートを読んでみると、流行地域に滞在していなければ、自己申告のみで検温も省略されたとのことで、現場の苦しい状況が裏付けられています。

現実に何人ぐらいの無症状者が帰国したのか試算してみましょう。

3月の邦人帰国者は、出入国管理統計によると52万人です。当時のヨーロッパの感染率は0.2%ほどで、単純計算だと52万人×0.2%=約1,000人が感染していたことになります。旅行者やビジネスパーソンの多くが都市部に滞在していたはずです。日本と同じで、どの国でも都市部の感染率は平均の何倍にもなります。感染者は1,000人より多い2,000~3,000人になっても不思議ではありません。なお、なぜこの人数が妥当なのかは後述します。*2

その後、4月3日に水際対策が大幅に強化されることになり、そのチームの一員として3月28日に自衛隊が出動することになりました。効果はてきめんで、出動後の28日からは、空港検疫でのPCR検査の陽性者数が急増していることがわかります。

謎なのは、3月17日に専門家委員会から厚労省へ水際対策(PCR検査)の要望があったのに、2日後の3月19日の提言にはほとんど何も書かれていないことです。また、4月3日に水際対策が強化される直前である4月1日の提言では、海外からの輸入が疑われる感染者について「直近はやや減少に転じている」と事実に反するようなことが書かれているのです。

そのせいなのか、3月28日の自衛隊の出動は、厚労省からの依頼ではなく、防衛省が「自主派遣」したという形を取っています。

3月末の感染爆発から5月末の収束まで

3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国すると、当然ながら何日か後に感染が爆発します。ここで気を付けないといけないのは、感染から発症まで平均5日、最終的に自治体に報告されるまでには約2週間が必要となることです。

実際にデータを調べると、報告日ベースでの感染のピークは、入国制限措置が強化された3月末から2週間後の4月中旬で、予想とほぼ一致しているのです。

それだけではありません。感染者数は4月中旬から急速に減少していきます。シミュレーションの結果、現実のデータと一致する実効再生産数Rtは0.8、帰国者の感染者は2,000人~3,000人となりました。これは、第2波の感染者が約1万5,000人であることとほぼ一致します。*3

新型コロナの感染のピークはなぜ3月末なのか、そしてなぜ急速に収束しつつあるのか。その理由は、3月28日に自衛隊が出動し、4月3日に水際対策が大幅に強化されたためなのではないでしょうか。

*1 緊急事態宣言が発出された4月7日前後には、実行再生産数Rtに変化は見られません。このことは、この宣言の効果がほとんどなかったことを示唆しています。

*2 第2波の主な感染者源を邦人帰国者とした場合、各地域の入国者数と感染者数は比例するはずです。3月の東京圏、大阪圏、名古屋圏のデータを比較したところ、入国者数と感染者数の比率の違いは1.5倍程度なので、この推測は妥当と考えられます。

*3 実効再生産Rtが実測値である0.8とすると、2次感染者は0.8人、3次感染者は0.8×0.8=0.64人…になるので、結局1人の感染者から新たに5人が感染することになります。3月末以降の第2波の感染者は約1万5,000人なので、2,500人の感染者が帰国したとすると、ほぼ現実の数値と一致します。

大澤 省次
理系出身で、サラリーマンとして勤務する側、得意とする統計学を使って血液型と性格の相関などを研究中