令和の大政奉還論:自公+国民民主、維新で首都機能移転を(下)

徳川慶喜と安倍首相(いずれもWikipediaより)

令和の大政奉還論:自公+国民民主、維新で首都機能移転を(上)で書いた通り、私は、政権が最後に乾坤一擲のレガシーづくりに採用すべきは、遷都(首都機能移転)論だと考えている。

 最後に問題となるのは、これをどのように推進するかであるが、コロナ前まではやや影の薄かった政治の出番であることは明白だ。上記の「国民の総意」的動きを作るには、与党である自民・公明はもとより、出来れば、建設的に是々非々で政権との議論に臨むと公言し、また、確かにそういう傾向が感じられる国民民主党や日本維新の会とも連携して進めることが望ましい。

 この首都機能移転論の実現のためであれば、安倍首相の「大政奉還」をカードとして切っても良いのではないだろうか。つまり、コロナ禍からの復活や、コロナ後の「新常態」(ニューノーマル)を実現する起死回生の一手としての首都機能移転の道筋をつけた暁には、政権を返上し、衆議院の解散を実施する、と言明するわけである。いわば「令和の大政奉還」だ。

「大政奉還図」, Wikipediaより

 そのまま比べるのはやや無理があることを承知で書けば、「令和の大政奉還」とは、250年以上も続いた徳川幕府の終焉(大政奉還)と、日本の憲政史上、通算では既に、連続でも間もなく最長となる安倍政権の終わりを並べての表現である。大政奉還の当時は、坂本龍馬のような在野の浪人(厳密には途中から土佐藩に復帰)が動き回って汗をかき、土佐などの諸藩と幕府がある程度「握る」形で、大政奉還が実現した。

当時は、納得のいかない雄藩(特に薩摩藩)の意向で、結局戊辰戦争が勃発はするが、現代においては、政権返上後の元総理に対しての戦(いくさ)は、基本的にはあり得ないであろう。

 比べるのも僭越ではあるが、青山社中の関係者や私は、当時の坂本龍馬よろしく、この構想の実現のためであれば、どの大組織にも属さない「浪人」として動きまわる用意はある。既に自民党には呼ばれて話をしているし、野党側からも、多少の声はかかってはいるような状態だ。

ただ、まだまだ力不足を感じる。読者諸賢で、有力政治家等へのつなぎなど、何か本構想の実現に向けて、お手伝いいただける方がいたら、是非ご連絡いただきたいところだ。

 ちなみに、安倍政権の前の野田政権では、ある意味、政権の命運をかけ(文字通り政治生命をかけて)、議員定数の削減を条件に「自殺的」に衆院を解散した。当時としては、注目を集めた大一番だったが、国民はそのことをあまり覚えていないのか、その後、安倍政権は、お茶を濁す程度の削減は実施したが、本質的にはほぼ実現していない(安倍政権下で、衆院で10議席減。参院に至ってはその後、定数を6議席増やしている)。

 政治家が約束をきちんと果たすかどうか。言明した政治家の動きを見守り、監視する国民の関与も、またとても重要であることは論を待たない。