なぜ「42万人死ぬ」はずが900人になったのか

2020年06月03日 21:30

新型コロナが一段落し、緊急事態宣言の検証が始まっている。そのコアとなった「8割削減」を提唱した西浦博氏は、ニューズウィーク日本版で、基本再生産数Ro=2.5という想定は「今でも高すぎるとは思っていない」という。

「何もしないと42万人死ぬ」というシミュレーションがはずれた原因について、彼は「死亡者の被害想定は、あくまで「流行対策を何もしない」という仮定の下で計算した丸腰の数字」であり、日本の現実にそのまま適用できないという。

日本の自粛はロックダウンより効果が大きかったのか

では何もしないと42万人になるはずの死者が、何をしたから900人になったのか。彼もそれには答えていないが、丸腰のRoが2.5で、それを減らす要因が(自粛やロックダウンなどの)流行対策だけだとすると、実効再生産数Rtは次のようになる。

Rt=Ro(1-p)

ここでpは流行対策の効果を示すパラメータで、pが大きいほどRtは小さくなり、Ro=2.5とすると、p>0.6のときRt<1になって流行は収束する。日本のコロナ感染率は欧米の1/50~1/100なので、そのpはヨーロッパよりはるかに大きかったことになる。日本の自粛はロックダウンのような法的拘束力がなかったが、その効果は強かったのだろうか。

各国の交通機関の移動量の変化(Apple Mobility Report)

この図はアップルの移動傾向レポートから5ヶ国のデータを選び、1月13日の交通量を100として、各国の交通機関による移動率の変化をみたものだ。

最初にロックダウンしたイタリアでは、3月後半には交通量が90%近く減り、イギリスでも80%以上減ったが、日本は3月末まで100を下回っていない。つまり日本の自粛の効果はヨーロッパのロックダウンよりはるかに小さかったのだ

移動量がピークアウトしたのは3月20日ごろで、4月7日の緊急事態宣言のあと40%減ぐらいで下げ止まった。皮肉なことに、その後の4月中旬以降の移動量はほとんど減らなかった。つまり緊急事態宣言にはほとんど効果がなかったことがわかる。

どんな指標でみても日本の流行対策はヨーロッパより弱かったが、その成果は圧倒的に大きい。その原因は消去法で考えると、日本のRoはヨーロッパよりはるかに小さいと考えるしかない。

西浦氏はこれを否定しているが、上の式から、もしRo<1だったら、p=0でもRt<1になる。これは東京の抗体陽性率が0.6%というデータと整合的であり、彼が計算した日本のRtも、次の図のようにそれを示唆している。

新規感染者数とRt(専門家会議の資料)

彼は「東京では[3月の]実効再生産数が2.6だった。これが接触を削減する行動を伴っているときであることも加味すれば、私は2.5は決して高い値であるとは考えていない」というが、それは「瞬間風速」で、図のように4月以降はずっとRt<1になり、緊急事態宣言でも減っていない。

死者が欧米の1/100になった原因はRo<1

では日本のRtがそれほど低くなる原因は何だろうか。彼はその説明に迷っているが、次のように「異質性」に言及している。

重症化については、アジアの人の一部はサイトカインストームという、重症化につながるサイトカイン(免疫系細胞から分泌されるタンパク質)の放出に関わる遺伝子に一部変異がある、ということも科学者の間で最近言及されるようになってきた。

これは彼が言及した宮坂昌之氏の批判だが、今のところマイナーな重症化要因の一つぐらいに考えているようだ。

しかし平野俊夫氏が指摘するように「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はサイトカインストーム症候群である」とすれば、サイトカインストームを防止するBCG接種で自然免疫が高まり、Ro<1以下になることも考えられる。日本人は丸腰ではないのだ。

これ以外にも遺伝的な要因など、いろいろなファクターXの候補が考えられる。もし日本人がRo<1だとすれば、死者が欧米の1/100になることは十分考えられる。Ro>1だと感染は指数関数で増えるが、Ro<1だと指数関数で減るからだ。その影響は全期間にわたって感染に影響し、流行対策に依存しない。

西浦氏もBCGの実証研究を始めたようだから、そういう可能性には気づいていると思うが、それを認めることはできないだろう。なぜなら日本人が丸腰でRo<1だったら、彼がこれまでやってきたクラスター対策も8割削減も無意味だったことになるからだ。

これは日本の今後の感染症対策を考える上でも重要な問題である。もし日本人の免疫システムが新型コロナに強いとすれば、第二波をそれほど警戒する必要はないかもしれない。

ただ日本人がインフルエンザに毎年1000万人以上かかることを考えると、この免疫力はコロナ以外の感染症にはそれほどきかないかもしれない。免疫学も含めた広い視野から、感染症対策を考え直す必要がある。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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