新型コロナ 西浦氏はなぜ「500倍おじさん」になったのか

2020年06月11日 06:01

厚労省クラスター対策班の西浦博氏は、4月15日に突如として「42万人死亡説」を発表しました。しかし、現在までの死亡者は900人ほど(6月8日現在)となっています。

彼のシミュレーション結果は、現実の数字の約500倍であり、これだけ大きな差があることから、批判も少なくありません。

先週の6月2日には、「感染者1日10人の入国で3か月後に大規模流行」という発表も行いました。感染者900人(10人/日×3か月[90日])の入国で、新型コロナの大流行が起こるというのです。解説記事によると、これは42万死亡説を実質的に改訂したものだと思われます。

この記事によると、感染の大流行の具体例として、3月中旬からのPCR陽性者の激増が挙げられています。

提示された数理モデルを使い、西浦氏自身が以前に公開したデータで試算してみたところ、3月中旬までにそういう現象が起きる確率は99.8%となりました。これは、感染が大流行しない確率が0.2%(100%-99.8%)ということです。

事実は、3月上旬までに感染が爆発することはありませんでした。前回と同じく、現実の数字と比べて約500倍の過大評価だったことになります。なぜ彼がこの結果を公表したのかは謎というしかありません。

あまりにも不思議なので、私自身の備忘録として疑問点を提出しておきます。

42万人死亡説の根拠

6月2日付のニューズウィークの記事(P21)によると、42万人が死亡する根拠は次のとおりです。

1. 使った数理モデルはSIRモデル
2. 基本再生産数Ro=2.5(ドイツの推定値)
3. 年齢群は、15歳未満、生産年齢人口(15~64歳)、65歳以上の3種類
4. 死亡率は、それぞれゼロ、0.15%、1.00%

シミュレーションの結果では、日本国民の約80%が感染し、死亡者数は42万人となりました。

現在の死者数が1/500と3桁も少ないことについて、西浦氏はこう評価しています。

「もちろん、これは「何も対策しない」という、現実にはあり得ないシナリオであり、目を覆いたくなるような死亡者数が実際には見られなかったということはとても喜ばしいことだ。感染者数の急増を抑えることができたのは、流行対策の成功によることが大きいと考える。」(同誌P21)

「数字が独り歩きをしてしまったというのはそのとおりで、コミュニケーションの点では、流行対策をこうすれば数字は下げられる、という点をちゃんと伝えなければいけなかったと思う。」(同誌P26)

つまり、使った数理モデル自体は正しく、「8割削減」などの対策が功を奏したため、結果的に感染者数が1/500に抑えられたというわけです。加えて、感染者は必ずしも全体の80%に達するわけではなく、20~40%程度が上限となる可能性も示しています。

感染者の入国による大規模流行

西浦氏は、前述したニューズウィークの記事と同日の6月2日に「感染者1日10人の入国で3か月後に大規模流行」という発表も行いました。検疫がない場合、感染者900人(1日10人×3か月[90日])で大規模な流行が起こるというのです。

しかし、この発表にも多くの謎があります。

1. 42万人死亡説と同じく、専門家委員会を通さない単独の発表
2. 以前は問題にしていなかった海外由来の感染者に突如として注目*1
3. シミュレーションの解説記事は医療関係者専用サイトで公開(要登録)
4. シミュレーション結果は大規模流行が起こる確率だけで、感染者と死亡者数の予測はない

「単独発表」や「根拠が非公開」は前回と同じなので、西浦氏の発表は毎回こんな感じなのかのかもしれません…。

素朴な疑問ですが、なぜ情報が非公開なのでしょう。欧米では公開が原則なので、ひょっとして日本的な習慣なのでしょうか。

とりわけ奇妙なのは4です。

42万人死亡説と反対に、感染者数や死亡者数を全く示していないのは、誤解されないようにという配慮なのでしょうか。百歩譲ってそうだとしても、現在は状態が落ち着いているので、あえてこのタイミングで発表する意義があるとも思えません。

2も不思議です。

私の記憶では、最初に感染した帰国者の入国の危険性を指摘したのは、横浜市立大学の佐藤彰洋氏です。残念なことに、彼の指摘には実証データが不足していました。

私の記憶では、佐藤氏の説を肉付けしたのは私で、それが池田信夫氏の目に留まり藤井聡氏の公開質問状を経て、岩田健太郎氏が反応し、最終的に専門家委員会の押谷仁氏が認めたということになります。

西浦氏は、おそらくはこの押谷氏の主張を無視できなかったのでしょう*2。押谷氏は、海外からの流入を1,000~2,000人と推定しています。入国した感染者数を900人にしたのは、それに合わせたのだと思われます。

注意すべきなのは、現時点ではこの人数は単なる推定に過ぎないことです。数字は妥当だとは思いますが、実証はされていませんし、西浦氏自身が示したものでもありません。彼が900人で感染が爆発すると主張しても、必ずしも42万人死亡説と矛盾するとは言えないのです。

西浦氏の致命的なミス

しかし、この西浦氏の発表には致命的なミスが隠れています。

彼が出演した5月12日のニコニコ生放送の資料には、海外由来の感染者数のデータが含まれています。それによると、感染が爆発する直前の3月上旬まで(3月9日まで)に入国して発症した感染者(imported=グラフでは灰色の部分)の人数は77人です。感染経路が不明なケースは含まれていないので、実際にはもっと多いと考えてもいいでしょう。

西浦氏によると、感染者1人で大流行が起こる確率は1-0.9226=7.7%です。感染者がn人の場合の確率は1-0.9226^nとなります。

解説記事の抜粋

この式に77人を入れて計算すると、感染の大流行が起こる確率は99.8%となりました*3。現実には3月上旬まで大流行は発生せず、その理由はこう説明されています。

「死亡者数の被害想定は、あくまで「流行対策をしない」という仮定の下で計算されているので、実際に観察されたのがそれを下回る700人台(5月中旬時点)の死亡者数であると、「モデルが間違っていた。自粛なんてする必要がない」というような誤解も生じかねない。」(ニューズウィーク P19)

このように、99.8%の確率で発生する大流行を食い止めたのは、「自粛」が大きな役割を果たしたことになります。ところが、6月2日の発表にも解説記事にも、自粛についての記述は一切ないのです。単純ミス、あるいはスペースの関係で省かれてしまったのでしょうか?

「500倍おじさん」の不都合な真実

もちろん、そういう可能性もゼロではありません。しかし、前回だけではなく、今回も500倍も数値が違うことを「単純ミス」だという一言で片付けていいものでしょうか?

私は、前回まで割と彼に好意的な記事を書いてきました。しかし、2回も同じパターンのミスを繰り返すとなると、さすがに考えを改めざるを得ません。

単刀直入に言いましょう。彼の予測は全く当たらないのです。それも、毎回500倍も過大な予測を出すということなのです。おそらく、数理モデルが出した結果を現実の数字でチェックしたことがないのでしょう。そうとでも考えない限り、今までの西浦氏の言動は合理的に説明できません。

彼の愛称は「8割おじさん」ですが、毎回予測が500倍外れるという意味で「500倍おじさん」という愛称も付け加える必要なのではあるのではないかと思えてきました。

「2度あることは3度ある」という有名なことわざがあります。誰も専門家の予測が500倍も外れることは望んでいません。次回こそ、「3度目の正直」できちんと当たる予測を発表してほしいものです。

*1 空港検疫には、高度な医療技術を持った大量の人員を迅速に配置する必要があります。このため、自衛隊の協力が不可欠なのに、なぜきちんと指摘しないのでしょうか。

*2 そうでないと、水際対策が強化される直前である専門家会議の4月1日の提言に、海外からの輸入が疑われる感染者について「直近はやや減少に転じている」とあるので整合性がありません。

*3このグラフの日付は「感染日」で、西浦氏のデータはそれより5日遅れの「発症日」です。正確には、77人にこの5日間の感染者33人を加えた100人が入国したことになります。この場合、大流行が起こる確率は99.97%となります。

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