東京五輪断念の早期決定が望ましい

中村 仁

首相は「日本モデルでコロナ収束」を吹聴したいか

東京五輪組織委員会と国際オリンピック委員会(IOC)は、大会の簡素化、参加者や観客数の削減などで合意し、来年夏の開催に向けて準備を進めることを確認しました。コロナ対策で3月に1年延期の決定、6月には大会の簡素化の合意と、なんとも慌ただしいことです。

Wikipedia

日本の国民は「そんなに無理してまで東京五輪を開催することはない」「200か国もの参加国から選手団や観客が来日すれば、コロナ感染がまた拡大するのではないか」という気持ちでしょう。選挙対策に使いたい政治家が熱心であっても、コロナに振り回された国民は冷めています。

大会開催に最後まで期待を抱かせておき、結局、中止になったらどうでしょう。「五輪特需が消えた。それ景気対策でまた財政出動だと、なりかねない。コロナ対策で主要国最悪の財政状態がさらに悪化する」です。大会延期だけで3000億円以上の費用がかかるのに、また財政資金の出番です。

「秋からは大会に向けコロナ対策の追加を検討する」(組織委員会)などと言わず、東京五輪の開催を早期に断念すべきだと、考えます。感染拡大がこれからという国も多く、かりに日本で収束しても、世界全体としては、コロナ危機が去ったというわけではない。日本としては、コロナ後の経済停滞の建て直し、今後の感染症対策、極度に悪化した財政再建策に取り組むべきです。

どうもIOCは、本音では「来夏の開催は難しい」と思っていると、見受けられます。バッハ会長は「来夏無理なら、再延期はなく中止」「大会組織委員会で3000-5000人もの人達をいつまでも雇用しておくことはできない」などと、語っています。早く区切りをつけたいのではないか。

安倍首相が熱心ですね。今朝(11日)の新聞を見ますと、安倍首相は

「規模縮小は避けられないとしても、絶対、来年に開催しなければならない」(読売)

と、周辺に漏らしている。

「開催可能な現実的な案を示し、中止の選択肢を消しておく必要があった(政府筋)」

とも。

首相は3月に1年延期を決めた際、「開催するなら『完全な形』でやる」とG7首脳会議で表明し、これは「コロナ危機で『完全な形』が無理になったから延期する」という意味でした。それが3か月も経たないのに、「簡素化で開催」に修正しました。「完全な形」を修正した説明がありません。

官邸サイト

五輪の東京誘致が決まる際(13年)のプレゼンテーションで首相は、「福島の状況は『アンダー・コントロールされている』(制御されている)」と、発言しています。実際は、原発事故そのものは収束しても、汚染水の処理、放射性廃棄物の処理、町の復興の遅れ、原発運転再開の難航などをみると、「アンダー・コントロール」された状況とは言えない。

それにもかかわらず、東京五輪を「復興五輪」するといったのは、政治的にはPR材料に使えると思ったのでしょう。コロナ危機についても日本は感染者、死者数も欧米に比べて少なく、「日本モデルによるコロナウイルスの封じ込め」といえば、政治的に利用できると、考えたのかもしれない。

「コロナ危機で延期された五輪」から「日本モデルの成功で五輪を実施」にこぎつけたと、首相は開会挨拶で胸を張りたかったのかもしれません。だから「絶対に来年」に固執したというのが私の想像です。実際は「日本モデル」といえるような、意図したモデルらしい「モデル」は存在していなかったというのが、第三者の専門家の理解でしょう。

疫学的根拠を示さずに「1年延期」を決め、再び疫学的根拠に基づかない「日本モデルの成功」を国際的に喧伝する。新聞記事は首相の胸の内を解説していません。そこで私の想像を述べました。

最後に。今朝の日経新聞に

「聖火待ちわびる走者/コロナ禍、社会に勇気を」「Tokyo2020/臨海部の街づくりに影/1年延期」

という全面広告が載っていました。開催されるかどうかも不確かな五輪なのに、広告特集は目いっぱいに載せる。

他の新聞社も似たようなものです。「東京五輪特集」と銘打てば、広告への注目度が高まる。コロナ不況で広告収入は減っているから、背に腹は変えられないかえられない。そういう考えなのでしょう。でもどこか変です。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。