スウェーデン石油企業の「国際人権法」違反と取締役の刑事責任

2020年07月13日 06:00

6月10日、スウェーデンでは、検察官ヘンリク・アトルプスが、「ルンディン事件」の予備調査が完了したと発表した。スウェーデンの大手石油企業ルンディン・エナジー(元ルンディン石油)のイアン・ルンディン会長とアレックス・シュナイターCEOに対する、当時のスーダン(現・南スーダン)における「深刻な国際法違反の幇助」容疑が固まったとし、今秋の正式起訴に自信を示した。

イアン・ルンディン会長(本人ツイッターより)

第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判で化学薬品メーカーIGファルベンの取締役が刑事責任を問われて以来、企業トップが国際法違反を問われるのは初めてである。「深刻な国際法違反の支援」の嫌疑として、1997年から2003年にかけて、同社の油田地帯で12,000人を超えるスーダン人が死亡し、少なくとも16万人が難民化、2人のトップは「人道に対する犯罪」を幇助した可能性がある。

ECOSの告発

アムネスティ・インターナショナル、ヒューマンライツ・ウォッチなどの人権団体はスーダンでの人権侵害にルンディン石油が関与と主張してきた。また、「スーダンの石油に関する欧州連合(ECOS)」も「The Unpaid Debt」というレポートを発表し、スーダン内戦における同社の関わりを告発した。同社の前身であるルンディン石油が、1990年代後半にスーダン政権と反政府勢力支配下の地域での石油採掘協定に署名した後の出来事である。

 

先代創業者

イアンの父アドルフHルンディンは、常に「逆張り」の発想で、アパルトヘイト時代の南アをはじめ、独裁者が支配し国連や欧米の制裁を受けていて国際企業が進出をためらうような地域ばかりに事業参入。制裁回避のため、ルンディン家は巨額寄付を通じてクリントン財団およびクリントン元大統領夫妻の信任も得ていた(『クリントン・キャッシュ』)。「H」を含む彼のファーストネームは、母親のオーストリア貴族の家系由来。「『アドルフH』とはひょっとすると」と問われると、彼は、「はい、そうかもしれません」と答えたという。

ビルト元首相の任用

2000年、アドルフは首相経験者である政治家カール・ビルトを社外取締役に任用した。首相退任後のビルトの人気は、バルカン半島の平和の仲介に成功しピークだった(『Bold och Olja』)。「ルンディン社倫理顧問」として、世界の非難を鎮めることが期待された。外務大臣就任直後の2006年10月18日退任。当時、「予備調査」が既に進行中であり、ビルトは「目撃証人」としてのみ聴取された。

メディアの目を惹くビルトのせいで、ルンディンは永遠にスウェーデンの経済界の「黒い羊」の役割を与えられてきた。ビルトは、「道路建設が必要な場合に住民が立ち退かなければならないのは、スウェーデンでも同じ」と発言。2006年にアドルフHルンディンが白血病で死去するが、同社は、2003年以降、スーダンでの採掘権を他のコンソーシアム構成員へ売却した資金を元手に、ノルウェーでの北海油田の探査・採掘に注力している。

息子イアン・ルンディン

2001年のドキュメンタリーでは、イアン・ルンディンが現地で武装した子供兵士に囲まれているのが見られる。しかし、製作者によれば、イアン・ルンディンは、スーダンの同社の探査エリアに子供兵士がいることを否定。「我々の施設には武装警備員はいない。セキュリティ担当者は武装しておらず、我々は『コミュニティ開発プロジェクト』にのみ関与している」。首都ハルツームのスーダン政府は、民兵を率いるマティップ将軍に、民族浄化の報酬を支払うと約束。資金の出所が石油会社ではないかと疑われている(スイスのTV番組「ルントシャウ」が昨年再映)。

スーダンの少年兵(UNMISS/Flickr)

普遍的国際管轄

スウェーデンは、国際人道法の重大違反に相当する戦争犯罪に対して刑事管轄権を行使することは、国家の義務であるとし、義務を果たすスウェーデンの検察官が利用可能な法的枠組みは、スウェーデン刑法Brottsbalken)第22章の旧第6節で2014年7月1日前に犯した国際犯罪に適用(その後は、単行法による)。容疑者に対する民事責任も、犯罪の起訴に関連して提起される可能性がある。

今回調査されたすべての犯罪について、終身刑を言い渡される可能性のある厳しい罰則がある。これらの犯罪は、世界のどこで誰が犯したかに関係なく、スウェーデンで起訴される可能性がある。また、公訴時効期間制限はない。つまり、時間制限なく犯罪を起訴できる。

有罪の場合、役員個人には最高で「終身刑」、会社については、スウェーデン法では企業の刑事責任に取って代わる特別な法的救済として、「制裁金」および、スーダン事業に関する経済的利益の「没収」の可能性が通知されている

2年半の裁判

ルンディン石油幹部の刑事裁判は、2.5年間続く可能性がある。昨年夏、ストックホルム地方裁判所が招集した会議で、検察と被告側は、それぞれが約150日の公判期日を要すると推定(公判300日)、メインの審理に約2.5年かかると報告されている。昨年10月、政府は検察に起訴の許可を与えた。2010年に開始された予備調査は、2019年夏の時点で50,000ページをカバー。検察は、公判で約100人の証言を聴く予定。

追加調査で1年後の今年6月10日、これで準備が整い、捜査資料がルンディンの弁護士に引き渡された。弁護士が最終的な資料をレビューすることになる。資料は更に増え、合計60,000ページ。弁護側は、コメントや補足調査を要求できる。その後直ちに起訴されるかは未定。ルンディン・エナジーはコメントで、「容疑には根拠がないと信じており、予備調査は閉鎖されるべきである」と述べている。

Lundin OilあらためLundin PetroleumあらためLundin Energy社は、ナスダック・ストックホルム上場企業であるため、二人の経営トップの刑事責任については、有罪が確定するまで無罪推定が働くことを、特に強調しておかねばならない。

ビジネスと人権の潮流

米トランプ政権は7月1日、中国新疆ウイグル自治区が関係するサプライチェーンが強制労働や人権侵害を伴うか精査する諮問機関の立ち上げを発表。商務省の「エンティティー・リスト(EL)」に該当する同自治区の37の企業・団体が主な対象。強制労働に依拠する製品輸入の差し止めや、輸入者などに対する民事上の罰則や刑事責任追及の可能性も指摘している。強制労働を認識しているにもかかわらず便益を得ている米国企業には、米国法に基づき最高50万ドル、または経営層に対して20年以下の懲役を科す可能性がある。

上記スウェーデンと米国の傾向から、日本企業への警鐘が伺える。

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山下 丈
日比谷パーク法律事務所客員 弁護士

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