安倍首相の憲法改正を挫折させた日本人の「古層」

2020年08月31日 14:40

首相官邸ホームページより

安倍首相の辞任について、世界中から多くの論評が寄せられている。彼の経済政策についての評価は高くないが、外交・防衛政策についての評価は高い。Economist誌の元編集長ビル・エモットはこう評している:

安倍首相は依然として弱い経済を残して去るが、防衛と外交の問題において日本をより強く、独立した国にした。彼の後継者は誰になろうとその道を続ける可能性が高く、これは東アジア全体の平和とルールにもとづく国際秩序の支持者にとって朗報である。

私も同感である。日米同盟の前提だった集団的自衛権を明示的に法制化したことで、日米関係は世界の「ルールにもとづく国際秩序」の一環として位置づけられた。だが皮肉なことに、これで日米同盟との整合性という憲法改正の最大の根拠が失われ、安倍首相の宿願は達成できなかった。

憲法改正は、岸信介から受け継いだ安倍首相の遺伝子のようなものだ。それは右派とかタカ派とかいわれるような政策ではなく、日本が占領から独立する当たり前の手続きだった。憲法第9条はほとんど誤記に近いミスであり、日本が軍備をもたないでアメリカが日本防衛の義務を負う憲法は、日米双方にとってメリットがなかった。

これを訂正することは、1950年代にはむずかしくなかったはずだが、吉田茂が憲法を日米の取引に利用し、社会党左派が政局に利用したため改正できなかった。このため岸は日米安保条約を改正してから憲法を改正しようとしたが、丸山眞男を初めとする知識人が憲法の空想的平和主義を理想化し、野党が国会の1/3を占め、60年代以降の自民党政権は憲法改正を提案さえしなくなった。

「戦争機械」としてのデモクラシー

こういうボタンの掛け違えはあったが、この変則的な憲法が75年にわたって改正できなかった背景には、もっと深い理由がある。ゼロリスクを求める感情は人類に普遍的だが、日本人には特に強い。それは日本が島国で、対外的な戦争をほとんど経験したことがないという歴史と無関係ではない。

近世から近代初期にかけて数百年にわたって激しい戦争を繰り返したヨーロッパでは、民主国家が生き残り、帝政が没落した。それはデモクラシーが美しい理想だったからではなく、全国民を徴兵で動員できる最強の戦争機械だったからだ。

ここでは中世の騎兵や帝政の傭兵のような弱体な軍事力ではなく、重火器で武装した大量の歩兵が軍事力のコアであり、法の支配は軍の命令を拡張した制度だった。個人を超えた国益のために命を捨てる集団主義を可能にしたのは、死んだら天国に行けるというキリスト教の信仰だった。

近代ヨーロッパでは分権的な封建社会が戦争で破壊しつくされ、法と暴力で支配する主権国家が生き残り、キリスト教がそのイデオロギーになった。この文化は最近500年程度なので、遺伝子には組み込まれていない。教会や学校はそれを国民に刷り込む装置である。

身内の平和を求める日本人の「古層」

それに対して日本人のゼロリスク志向は、長い歴史の中で生き残った原初的な集団主義だと思われる。これは丸山が「古層」と呼んだ日本人の古代以来の思考様式だが、それほど特殊な感情ではない。

そこでは抽象的な国益のために命を捨てる行動はみられず、忠誠の対象は私的な「家」で、国とは大名家のことだった。これは未開社会では普通で、アフリカの部族紛争をみてもわかるように、他人のために死ねる範囲は、たかだか数百人の部族が限度なのだ。

この状況は日本では2万年ぐらい続いているので、それに適応できない異分子は集団から排除され、子孫を残せなかったと思われる。このような遺伝と文化の共進化は、人類に広くみられる現象である。家族を超える(数百人の)小集団への帰属意識はすべての人間が遺伝的にもつ感情だが、日本ではそれが文化的に強められた。

快適な「属国」への道

「古層」は国益ではなく身近な家のために命を捨てる感情なので、近代国家の戦争には向いていないが、明治政府はこのアポリアを「天皇」という古代の記号を再利用して乗り超えた。それはキリスト教の模造品だったが、伊藤博文はこれを「機軸」とする国家を意識的に設計したのだ。

天皇という「家長」は驚くほど強い求心力をもち、国民を戦争に動員するイデオロギーとなったが、総力戦には向いていなかった。日本人は中隊ぐらいの小集団では強いが、師団のような大集団になると、全体のために部分を犠牲にする戦略的な決定ができないのだ。

天皇制国家を設計したのが、江戸時代に数少ない軍事国家だった長州の政治家だったことは偶然ではない。安倍首相が受け継いでいるのは、そういう長州の遺伝子だが、日本人の中では少数派である。それを拒否したのは、丸山が否定的に評価した日本人の「古層」だった。

結果的には憲法改正は(おそらく永久に)不可能になったが、実害はそれほど大きくない。現代の大国が核兵器をもたないで自衛することは不可能であり、戦争に向いていない日本人がそれを米軍に外注する日米同盟は合理的である。日本の「属国」としての地位もこれで固定されるが、大部分の国民の「古層」にとっては快適なのではないか。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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